日本を揺るがしたTPP論議

 TPP(環太平洋経済連携協定)の交渉参加の是非を巡って、日本中で大きな論戦が繰り広げられた。野田政権は、消費税引き上げを含む社会保障と税の一体改革、原発問題を含むエネルギー政策と並んで、TPPへの参加を最重要政策として掲げた。

 農業団体はこうした政治の動きに反発して、大規模な抗議行動を含むTPP反対運動を展開した。政治のなかでも、TPP反対を主張する政治家の活動が目立つようになってきた。与党・民主党のなかでもTPP反対の勢力は、反執行部とほとんどだぶっている。TPPへの交渉参加反対を主張する議員は、ほとんどが消費税の引き上げにも反対を表明しており、野田政権を与党内で揺さぶる勢力となっている。

 通商政策に関する論争が、これほど日本社会全体に広がったケースはまれである。たしかに、貿易自由化は日本にとって重要な問題ではある。農業団体が貿易自由化に反対の姿勢を取り続けている、という点も以前と変わりない。ただ、その問題が社会全体でこれほど大きく取り上げられるということが、これまであまりなかったのだ。

 日本は10年以上前から、いろいろな国と自由貿易協定(日本では経済連携協定と呼ばれる)交渉に取り組んできた。TPPはそうした戦略の延長線上にあるものであり、日本の通商戦略の方向性が大きく変わったわけではない。

 ただ、これまでの政権では、通商政策は政府が掲げるさまざまな政策目標のなかで、プライオリティの高いものではなかった。

 たとえば最近における最も長期政権であった小泉政権では、郵政民営化、三位一体改革を通じた地方分権の推進、公共事業費の大胆な削減など、経済政策の分野に限定しても、自由貿易協定よりはるかに優先度の高い政策が多くあった。当時の小泉総理が自由貿易協定に費やす時間は非常に少なかったはずだ。自由貿易協定の締結が重要だとは言っても、そのプライオリティは低かったのである。