天才数学者たちの知性の煌めき、絵画や音楽などの背景にある芸術性、AIやビッグデータを支える有用性…。とても美しくて、あまりにも深遠で、ものすごく役に立つ学問である数学の魅力を、身近な話題を導入に、語りかけるような文章、丁寧な説明で解き明かす数学エッセイ『とてつもない数学』が発刊。発売4日で1万部の大重版、その後も重版が続きロングセラーとなっている。
鎌田浩毅氏(京都大学教授)「数学”零点”を取った私のトラウマを払拭してくれた」(「プレジデント2020/9/4号」)、「人気の数学塾塾長が数学の奥深さと美しさ、社会への影響力などを数学愛たっぷりにつづる。読みやすく編集され、数学の扉が開くきっかけになるかもしれない」(朝日新聞2020/7/25掲載)、佐藤優氏「永野裕之著『とてつもない数学』は、粉飾決算を見抜く力を付ける上でも有効だ」(「週刊ダイヤモンド2020/7/18号」)、教育系YouTuberヨビノリたくみ氏「色々な角度から『数学の美しさ』を実感できる一冊!!」と絶賛されている。2021年、アメリカで17年ごとに大発生する「素数ゼミ(周期ゼミ)」の羽化がはじまり、大きなニュースとなっている。素数ゼミが大発生する興味深いしくみについて、数学者の視点から著者が緊急寄稿した。連載のバックナンバーはこちらから。

2021年、アメリカで数兆匹の「素数ゼミ」が大量発生…その「納得の理由」とは?Photo: Adobe Stock

セミの大量発生

 今年(2021年)、アメリカでは大量のセミが発生すると予想されている。13年あるいは17年ごとに大量発生するいわゆる「周期ゼミ」が羽化するからだ。

 周期ゼミは、発生する年が同じものをまとめて「ブルード」(brood:元の意味は、ひと腹の子、種属など)と呼び、13年周期のものが3種類、17年周期のものが12種類知られている。各ブルードには発生する年別にローマ数字が付けられていて、今年発生する17年周期の「ブルードX」は、周期ゼミの中でも最大規模を誇る。なんとその数は数兆匹にもなるらしい。

 ところで、なぜ周期ゼミが羽化するサイクルは13年と17年なのだろうか? 15年周期や16年周期の周期ゼミはいないのだろうか? 実は、周期ゼミの祖先には12年~18年までいろいろな周期で羽化する群れがいたことがわかっている。

 しかし長い歴史の中で13年周期と17年周期以外の周期ゼミは絶滅してしまった。その理由は、12~18の中で、13と17だけが素数(1と自分自身以外では割り切れない2以上の整数)だからだと言われている。現存する周期ゼミは「素数ゼミ」と呼ばれることもある。

 素数ゼミが生き残った理由をもう少し詳しく見ていこう。

 セミの天敵である捕食者や寄生虫が3年ごとに発生すると想定してみる。たとえば発生周期が12年の周期ゼミは3と12の最小公倍数(共通の倍数のうち最小の数)である12年ごとに捕食者や寄生虫と同時発生する。つまり12年周期の周期ゼミは羽化する度に天敵と戦わなくてはならない。

 一方、発生周期が13年の「素数ゼミ」が3年周期の天敵と同時発生するのは3と13の最小公倍数である39年ごとだ。天敵と同時発生する機会が少なければ、その分、絶滅の危険も少ない。

 また、羽化する周期が異なる雄と雌が交雑すると、親とは羽化する周期が異なる幼虫が生まれて、親がいた群れがしだいに小さくなってしまう可能性も指摘されている。

 たとえば15年周期のセミと18年周期のセミは、15と18の最小公倍数である90年ごとに同時発生する。これに対し、15年周期のセミと17年周期のセミが同じ年に羽化するのは255年ごとだ。他の周期のセミと交雑する機会が少ない17年周期のセミは、生存競争の上で有利なのである。

 素数である13と17は他の数との最小公倍数が大きくなるという数学的な事実が、絶滅を免れた周期ゼミの羽化サイクルが素数であることを説明してくれるのは実に面白い。