「国境炭素税」で海外に生産移転
国内の雇用が不安定化する可能性

 一方、脱炭素はわが国企業に中長期的なビジネスチャンスをもたらすことも想定される。具体的には、二酸化炭素の回収などに用いられるセラミック製品などの素材、バッテリーや環境関連機器の生産に必要な精密機械などの分野で本邦企業は競争力を発揮できるだろう。FCVや、次世代電池として注目される「全固体電池」などの分野でもわが国企業の技術力は高い。パワー半導体などニッチかつ汎用型の半導体分野でも、わが国メーカーは一定の世界シェアを持っている。脱炭素関連ビジネスを強化する総合商社もある。

 問題は、経済全体で考えた場合に、脱炭素社会の実現に必要なコストが、ベネフィットを上回る可能性が高いことだ。そう考える背景には複数の要因がある。温室効果ガス削減のコストを生産性向上や技術の改善で吸収することは容易ではない。風力発電の専門家によると、欧州に比べてわが国は風況に恵まれておらず、再生可能エネルギー利用のコストは想定を上回る可能性がある。

 また、EUなどが、気候変動への対応が十分ではない国からの輸入品へ課税する「炭素国境調整措置」の導入を目指している。その背景には、脱炭素を世界全体で進めることや、経済対策の財源を確保する狙いがある。この「国境炭素税」を導入する国が増えれば、最終消費者に近い場所での生産や、生産コスト低減を目指して海外に生産拠点を移す本邦企業は増え、国内の雇用環境は不安定化する可能性がある。

 以上より、企業をはじめわが国経済にとって、脱炭素への取り組みにかかるコストが潜在的なベネフィットを上回る可能性は軽視できない。もちろん、個別企業単位で見れば、脱炭素を追い風に成長を実現するケースはあるだろう。しかし、現時点で、それが経済全体で発生するコストを上回る付加価値を経済全体にもたらすとは考え難い。わが国にとって、脱炭素への取り組みは「いばらの道」といっても過言ではなく、政府をはじめ経済と社会全体で相当の覚悟が必要だ。