トヨタがERP導入を見送った理由
株式会社RE-Engineering Partners代表/経営コンサルタント
早稲田大学大学院理工学研究科修了。神戸大学非常勤講師。豊田自動織機製作所より企業派遣で米国コロンビア大学大学院コンピューターサイエンス科にて修士号取得後、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。マッキンゼー退職後は、企業側の依頼にもとづき、大手企業の代表取締役、役員、事業・営業責任者として売上V字回復、収益性強化などの企業改革を行う。これまで経営改革に携わったおもな企業に、アオキインターナショナル(現AOKI HD)、ロック・フィールド、日本コカ・コーラ、三城(現三城HD)、ワールド、卑弥呼などがある。2008年8月にRE-Engineering Partnersを設立。成長軌道入れのための企業変革を外部スタッフ、役員として請け負う。戦略構築だけにとどまらず、企業が永続的に発展するための社内の習慣づけ、文化づくりを行い、事業の着実な成長軌道入れまでを行えるのが強み。著書に、『戦略参謀』『経営参謀』『戦略参謀の仕事』(以上、ダイヤモンド社)、『PDCA プロフェッショナル』(東洋経済新報社)、『PDCAマネジメント』(日経文庫)がある。
日本企業の実際は、トップが「攻め」の姿勢を持とうにも多くの企業では手元に必要な情報が「見える化」されておらず、前年対比十数%の伸びを目論む打ち手も出しにくい現実があります。
本来は、経費は、売上と利益を拡大するための攻めの工夫として使われるものです。
しかし、トップの成長への強い意志が形にならなければ経費予算も単なる前年踏襲型になり、総額としては抑制する方向に向いてしまいます。
前述のように日本企業では、都度の経費の使途の効用を検証して上司が確認する形で、経費のより有効な使途についてのノウハウを社内に蓄積していきました。
ところが、トップと導入部署が自社の強みがどこにあるのかをよく考えることなく、安易にERPシステムを導入すれば、組織の階層間での効果検証の精度アップをスルーすることも可能になってしまいます。
「ERPを導入した企業は成長が止まる」がもし事実であれば、それは自社のマネジメントのあり方を押さえず、あるべき形を考えず、「業務定義」や「カイゼン」の視点なしに「他社も導入しているから」という安易な考えで導入したからだと言えるでしょう。
私の勤めていた豊田自動織機でもERPの導入の是非が議論されたことがあります。
当時、事業部側のシステム担当から「トヨタの持つ結果検証の文化が損なわれる恐れがある」と言う意見があり、導入を推進する本社の情報システム部側と意見が割れました。
結局、経営層は事業部側の意見を採用してERPの導入は見送られました。
当時の情報システム部長はトヨタでの導入実績がある点を上げていたようですが、徹底したカスタマイズが施されたことまで理解していたのかは定かではありません。
ERPのみならず情報システムの導入は、たとえて言うなら業務手順をコンクリートで固めるような「固定化」を意味します。よって本来は、現行の業務の棚卸から始まり、あるべき「業務定義」の議論から形に落としていく「業務改善」の一環として行われるものです。
ところが、マネジメントの思想が根っから異なるERPのような統合パッケージを導入してしまえば、それに合わせたマネジメントや管理など、社内のマネジメントのあり方を変えなければ、様々なちぐはぐな状態が起こりえます。
そもそも、ERPは経費がどこで発生しているかを「見える化」し、収益性を管理できるしくみです。「収益管理が容易になる」のは事実ですが、収益性が悪化した時の打ち手は、欧米企業であれば手っ取りばやく人員削減、つまり人減らしです。
しかし、これは今回のコロナ渦などの非常事態でもなければ日本では大義名分が立たずに禁じ手となっており、結局は、欧米のような経営レベルの打ち手に直結することのない「ツール」となっています。
ERPは販売代理店側の収益性の良さも積極的な営業に拍車をかけ、導入が一種のブームのようになり、多くの企業がそれに倣いました。しかし、本当にそれで業務レベルが上がった企業が、一体どれだけあるのでしょうか。