人が集まるのに大切なのは、ハードではなくソフト
カノン いっそのこと、場所を貸すだけにしたらいいですよね。
林教授 その通り。百貨店は次第に小売業から場所貸しの不動産業に変容してきたんだ。だか、これでは重要な問題の解決にならない。ただ場所を貸すだけでは、しかも百貨店側は高い賃料は取れないし、テナントにリスクが偏ってしまう。
カノン そうか。百貨店とそこで商売をするテナントがどちらも儲かるウィン・ウィンでなければならないんですね。
林教授 その空間に出向くことで、未知の体験ができ、生活に潤いを与えてくれる商品が手に入る。百貨店も、テナントも、顧客も満足する。これこそが百貨店のあるべき姿だと思うね。
カノン よくわかります。
林教授 三越伊勢丹は、この点を意識した大規模な計画を始めているんだ。
カノン 2020年に実施したリストラは今後の準備だったんですね。そうだとしても、営業キャッシュフローが少なすぎますよね。これで大丈夫ですか?
林教授 君は過去にこだわりすぎだね。決算数値や直近のキャッシュフローは、過去の意思決定の結果にすぎないんだ。ダメな経営者は、過去の間違い言い訳を考えようとする。失敗は将来のヒントだ。有能な経営者は違う。
カノン なんだか、私の成績のことを言われているみたいです。いつも言い訳ばかり考えていました。
林教授 成績の良し悪しは、過去の努力不足ではなく、方針が誤っていたからだ。経営者は常に将来の姿を思い浮かべなくてはならない。そして、良い結果を出すには何をすべきかを考え抜き、それを実行することが大切なんだ。
カノン すごくエネルギーを使いそう。でも、この点に全精力を使わないと競争に負けてしまいますね。経営って厳しいんだ。
林教授 三越伊勢丹は、こんな方針を打ち出した。
基幹店の伊勢丹新宿本店(東京・新宿)と三越日本橋本店(同・中央)の再開発に着手する意向を表明した。いずれも店舗周辺で保有する不動産を含めた一体開発を視野に入れる。東京を代表する2つの商業施設を核とする街づくりが動き出す……「単純に百貨店のリモデル(改装)で終わらせず、上手にエリアを街にしたい」と話した。百貨店を中心にオフィスビルやホテル、住居などを配置し、回遊性を持たせた再開発を目指す考えだ。(6月7日付日本経済新聞)
カノン 街全体を作り替えるんですね。今までは、インバウンド任せの経営だったのに。
林教授 日本中からこの二つのエリアを目指して人が集まる。大切なのは、ハードではなくソフトなんだ。入れ物だけ立派にしてもソフトがなければ、いずれ廃れてしまう。客は新たな刺激と満足を求めている。人間が生み出すアイデアがこのプロジェクトの鍵となるだろうね。
カノン 頭のいい人は発想が違いますね。
林教授 今回のコロナ禍がなければこの決断はできなかったかもしれない。
カノン 会計を勉強することで、決算書と新聞記事からいろんなことが見えてくるんだわ。突然ですけど、先生は三越伊勢丹の株は買いだと思いますか。
林教授 君からそんな質問が来るとは思わなかったね。すでに三越伊勢丹の株価は上昇している。長期的に見た場合、このプロジェクトが進めば、株価は上がるだろうね。陳腐な言い方になるけど、株式投資は自己責任だ。君が決算書と記事を咀嚼して判断すべきことだ。
カノン そうですよね。次回のレクチャーを楽しみにしています。
公認会計士、税理士
元明治大学専門職大学院 会計専門職研究科 特任教授
LEC会計大学院 客員教授
1974年中央大学商学部会計学科卒。同年公認会計士二次試験合格。外資系会計事務所、大手監査法人を経て1987年独立。以後、30年以上にわたり、国内外200社以上の企業に対して、管理会計システムの設計導入コンサルティング等を実施。2006年、LEC会計大学院 教授。2015年明治大学専門職大学院 会計専門職研究科 特任教授に就任。著書に、『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?』『美容院と1000円カットでは、どちらが儲かるか?』『コハダは大トロより、なぜ儲かるのか?』『新版わかる! 管理会計』(以上、ダイヤモンド社)、『ドラッカーと会計の話をしよう』(KADOKAWA/中経出版)、『ドラッカーと生産性の話をしよう』(KADOKAWA)、『正しい家計管理』(WAVE出版)などがある。