個々人の仕事の成果と、職場での交流度合いとは、どのような相関があるのだろうか。消防隊員たちが一緒に料理をして食事をとる職場では、そうでない職場より、消防活動の成果が2倍高いという。職場における「孤独化」の現状と、改善するための方法について、「世界的なリーディング・シンカー」といわれるノリーナ・ハーツ(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン名誉教授)の新刊『THE LONELY CENTURY なぜ私たちは「孤独」なのか』より紹介する。
40%-ーこれは、職場で孤独を感じる世界のオフィスワーカーの割合だ。英国では60%に達する。中国では、オフィスワーカーの半数以上が、毎日孤独を感じるという。米国では、20%弱は職場に友達が一人もおらず、K世代の54%が同僚との間に情緒的な溝を感じている。
いずれもコロナ禍の前の数字だから、今はもっと大きくなっているだろう。同時に、世界の労働者の85%が、仕事に熱意を感じていない。単に退屈だからとか、仕事に不満だからではない。仕事への熱意は、同僚や雇用者といかにつながりを感じるかということと大いに関係があるのだ。
現代人はプライベートだけではなく、仕事でも孤独を感じている。
もちろん、昔の職場を理想化するべきではない。カール・マルクスの「疎外された労働」論のもとになった19世紀の工場労働者は、低賃金にあえぎ、型にはまった仕事をひたすら繰り返し、自分自身からも、仲間からも、自分がつくっている製品からも切り離されていた。19~20世紀の英文学には、孤独なオフィスワーカーが数多く登場する。ハーマン・メルヴィルの小説『バートルビー』で無気力になっていく代書人バートルビーしかり、シルビア・プラスの自伝小説『ベル・ジャー』(邦訳・河出書房新社)の主人公エスター・グリーンウッドしかり。
だが、現代の職場で驚きなのは、労働者がより生産的で効率的に働けるように、あらゆる工夫が凝らされているにもかかわらず、労働者どうしのつながりが乏しく、孤立を感じさせるために、生産性は低下していることだ。孤独な職場は、従業員にとってマイナスになるだけでない。孤独と熱意と生産性の間には明らかにつながりがあるため、企業にもマイナスになる。職場に親しい友達が一人でもいる労働者は、仕事への熱意が7倍も高い。孤独で、孤立した労働者は、そうでない労働者と比べて病欠が多く、モチベーションが低く、コミットメントが低く、ミスが多く、成果も低い。
ある研究によると、その一因は、「孤独な感情になると、……近づきがたい人間になる。他人の言うことに耳を傾けず、自己中心的になる。そのため、周囲にとって付き合いたくない相手になる」。そうなると、仕事で成功するために必要な助けやリソースを得にくくなる。
職場で孤独な人は、離職する可能性も高い。世界10カ国2000人以上のマネジャーと従業員を対象とした調査によると、回答者の60%が、職場に友達が多いほど、その会社にとどまる可能性は高まるとしている。
ではなぜ、21世紀の職場では、多くの人が孤独なのか。
もちろん、従業員を出社させたからといって、社交が活発になるとは限らない。現代人のメール依存や、オフィスの監視システム、生産性と効率性の果てしない追求、#MeToo運動後のワークカルチャー、労組の縮小、長くなる一方の通勤時間。こうしたことが相まって、仕事中または仕事後の同僚との交流は、昔ほど一般的ではなくなった。午前中の同僚との休憩や、仕事後にパブで一杯飲むことや、仕事仲間を自宅へ食事に招くといった、20年前はありふれていた社交の慣習は、あまり行われなくなった。
職場での食事は典型的だ。たとえば、会社のランチタイムは、さほど遠くない昔、同僚と共通の関心や情熱を見つけ、雑談をしたり、励まし合ったりする時間だった。だが今は、誰かと昼食を取ることは廃れつつある。それはソーシャル・ディスタンシングの要請だけではない。
2016年の英国の調査では、同僚と昼食を取ることはめったに、または一度もないと答えた人が半分以上に上った。かつて同僚と絆を深め、充電する時間だった1時間は、インスタグラムを眺めながら、アマゾンでショッピングをしながら、あるいはネットフリックスを見ながら、デスクでサンドイッチを食べる時間に変わった。米国でも状況は似ていて、専門職の62%が「デスクで」昼食を取っている。同僚との長い昼食時間が、絶対譲れない聖域と考えられていたフランスでさえ変わってきた。「ランチに1時間半とか2時間かける時代は終わった」と、英国発のサンドイッチ・チェーンであるプレタ・マンジェのフランス法人CEOであるステファン・クラインは語る。
一人暮らしの人が最も孤独を感じるのは食事のときだと言うように、職場での「一人ランチ」が孤独感を高めるのは当然だろう。家族との夕食から、日本の茶会、米国の感謝祭、スウェーデンの夏至祭まで、誰かと食事や飲み物の準備をし、提供し、消費することは、世界中の文化で中核をなす要素だ。こうした時間は、人々の孤独を緩和するだけでなく、より緊密なつながりをもたらす有意義な会話や人間関係を生み出す。
英国軍付きの精神科医ニコラス・ビークロフトは、食事が、会食型から「食べた分だけ払う(PAYD)」モデルに変わったことが、昔より兵士たちの「仲間意識と連帯感が大幅に低下」して、孤独を感じる兵士が増えた理由の一つだと確信している。たしかにPAYDモデルのほうが、食費は安く済むし、選択肢も増える。だが、強力なコミュニティーの基礎は、仲間と同じテーブルを囲み、一緒に食事をすることによって築かれると、ビークロフトは断言する。「戦場では、こうした絆が極度のストレスを乗り越える助けになる」。
さらにビークロフトは、結束力の強いチームの一員だと思うかどうかは、兵士たちがPTSD(心的外傷後ストレス障害)を患うか否かを決定する要因の一つだと考えている。そして、「一緒に食事をすると、(チームの一員だという感覚を)強化できる」と語る。これは研究でも裏づけられている。社会的なサポートの有無は、ある人がトラウマ的な経験をした後にPTSDを患うかどうかを左右する最も強力な要因の一つなのだ。
消防士の仕事ぶりと食事の関係を調べる研究チームも、同じような結論に達している。コーネル大学のケビン・ニフィン助教のチームは、約1年半かけて、米国の主要都市の13の消防署を調べた。それによると、隊員が一緒に食事のメニューを考え、料理をし、一緒に食べる消防署は、そうでない消防署よりも、消防活動の結果が2倍優れていた。
消防活動の結果が優れているということは、より多くの人命が救われるということだ。数分で人の生死が決まるような場面では、優れたチームワークが大きな違いをもたらす。一緒に食事をすることは、友情や、お互いを気にかける心、そしてチームワークを育てる「社会的接着剤」の役割を果たすと、ニフィンは考えている。消防士たちも、インフォーマルな交流の重要性に気づいているようだ。食事の時間は、毎日のシフトの中核をなすと彼らは言う。なかには夕食を2回取る消防士もいる。1回は自宅で、もう1回は消防署で。仲間の消防士が用意した夕食を食べないことは、彼らを侮辱するようなものだと思うからだ。仲間と食事をしない消防士に話を聞こうとしたところ、彼らは恥じ入るような表情を見せた。「それは基本的に、そのチームに何か問題があるサインだ」と、ニフィンは言う。
たとえ戦場でなくても、仲間と一緒に食事をすることは、職場にコミュニティー感覚やチームスピリットを生み出す最も簡単な方法の一つだ。だから、ポスト・コロナの時代に企業がコミュニティー感覚を取り戻し、従業員どうしのつながりを再構築したいなら、全員同時の昼休みを復活させて、会食を奨励するべきだ。なにも大手テクノロジー企業のような豪華なカフェテリアをつくれと言っているのではない。ほとんどの企業はそんな予算はないし、地元のカフェや商店も顧客が必要だ。居心地のよい部屋や、長テーブルのある屋外スペースを提供したり、チームリーダーがデリバリーを注文したり、近隣のレストランにチームを連れて行くなど、簡単な工夫で違いを生むことはでき。なにより経営陣が、適切な昼休みを取ることが積極的に奨励されている、というメッセージを発信することが重要だ。そうすれば、一緒に食事を取るという伝統を、再びワークライフの日常にできるだろう。
昼食でなく、同僚と一緒に休憩を取るだけでも、従業員のやる気や生産性に大きな違いを生むことができる。マサチューセッツ工科大学(MIT)のアレックス・サンディ・ペントランド教授が、ある米国の銀行のコールセンターを調査したところ、最も生産的なチームは、ミーティング以外の場で最もよく話をするチームであることがわかった。そこでペントランドは、チームごとに全員が同時に休憩を取れるようにスケジュールを調整して、ワークステーションから離れた場所に交流スペースをつくるよう、コールセンターのマネジャーに提言した。この戦略は大成功を収めた。従業員はよりハッピーになっただけでなく、電話の平均的な処理時間(この分野の成功の重要な指標だ)が、成績の低かったチームで20%、全体としても約8%短くなったのだ。従業員たちは休憩中に、電話をうまく処理するコツなどのノウハウをシェアしていたのだ。その結果、この銀行は、チーム別に休憩を取る仕組みを10カ所のコールセンターすべてに導入することにした。この戦略は、2万5000人の従業員にインパクトを与え、1500万ドル相当の生産性向上をもたらし、従業員のやる気を高めたと見られている。この戦略が導入されたコールセンターのなかには、従業員満足度が10%以上も上昇したところもある。
もちろんコロナ禍において、非公式な社交の機会を設けることは容易ではないし、バーチャルな休憩では同じような効果は期待できない。それでも、このようなアプローチがいかに重要かを企業は理解する必要がある。従業員の間につながりがあると、より生産的で、より熱心で、より離職率が低下するだけではない。トップクラスの人材獲得競争では、フレンドリーな会社だという評判は大きな魅力になる。現代社会で最も孤独で、最もつながりを切望しているK世代(次世代の労働力だ)にとっては特にそうだろう。
ただ、難しい問題が一つある。たいていの人は、親切でやさしい人ばかりの職場で働きたいと思うが、新自由主義では、親切でやさしいことは非常に価値の低い資質だと考えられている。教員や介護やソーシャルワークなど、親切ややさしさが求められる仕事の賃金は、平均賃金を大幅に下回る。また、スタンフォード大学の社会学者マリアン・クーパーによると、職場で温かくてフレンドリーな女性は、「仕事ができる人とか、頼りになる人とはみなされず、無視されやすく」「そのスキルが見落とされることがある」という。
したがって、さほど孤独でない職場をつくりたいなら、親切や協力やコラボレーションといった資質を明確に高く評価するべきだ。また、口先で評価するだけでなく、具体的な見返りやインセンティブを与える方法を探ることも重要だ。オーストラリアのソフトウエア会社アトラシアンは最近、従業員の勤務評価に個人の実績だけでなく、いかにコラボレーションがうまく、積極的に他者を助けるか、同僚を丁寧に扱っているかといった項目を取り入れた。
それでも、潜在的なジェンダーバイアスが完全に取り除けるわけではない。一般に、女性は男性よりも、誰かのサポートになるかどうかを厳しく評価される。これはとりわけ、社交的なイベントの手配をしたり、片付けをしたりといった「オフィス家事」に関して言えることだ。だが、男女どちらの勤務評価でも、こうした資質を重視するようにすれば、よりインクルーシブで、より温かく、よりコラボラティブで、さほど孤独ではない職場をつくる助けになるはずだ。
グローバルなテクノロジー企業であるシスコ・システムズは、コラボレーションと親切を促進するために二つの戦略を取っている。一つは昔からあるイニシアチブで、掃除係からCEOまで職務階層にかかわらず、誰かの助けとなり、親切で協力的な行動を取った人は、100~1万ドルのボーナス給付候補にノミネートされるというものだ。
私が話をしたシスコの従業員エマは、毎日満面の笑みで出社する女性新入社員をノミネートした。バーモント州ストウにある支社のマネジャーは、部下たちが新入社員に仕事の要領を教えてやり、歓迎されていることを感じられるようにしたとして、この部下たちにボーナスを与えた。シスコは最近、「感謝のしるし」というイニシアチブも導入した。これは、親切なことをしてくれた人や、手助けをしてくれた人に、デジタル・トークンを渡して感謝の気持ちを示すものだ。金銭的なボーナスはないが、トークンが従業員の間でやり取りされるたびに、会社が慈善団体に寄付をする仕組みになっている。
従業員が、業績だけでなく、会社の文化に貢献したことでも評価される職場や、従業員どうしが認め合い、感謝し合うことが積極的に奨励される職場は、従業員が雇用者とも、仲間とも、つながりを感じられる職場になる。シスコの親切を重視するスキームは、同社が最近、世界一の職場に選ばれた理由の一つに違いない。
自分は会社に気にかけてもらっていて、人間として認められていて、たんなる組織の歯車ではないと、従業員が思えるようにすることには、明らかなプラス効果がある。ヘーゲルからジャック・ラカンまで多くの思想家たちが指摘してきたように、人間の自尊心は、他者からの承認が大部分を占める。それを実現するのに、さほど込み入ったことをする必要はない。小さなイニシアチブでも、現実的な変化を起こすことができる。
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン名誉教授
戦略、経済的リスク、地政学的リスク、人工知能(AI)、デジタルトランンスフォメーション、ミレニアル世代とポストミレニアル世代について、多くのビジネスパーソンや政治家に助言している。「世界で最もインスピレーションを与える女性の1人」(ヴォーグ誌)、「世界のリーディングシンカーの1人」(英オブザーバー紙)と評価され、世界のトレンドを見事に予測してきた。19歳で大学を卒業し、ケンブリッジ大学で博士号を取得した後、ペンシルベニア大学ウォートンスクールでMBAを取得。ケンブリッジ大学国際ビジネス・経営センターの副所長を10年務め、2014年より現職。最新刊『THE LONELY CENTURY 私たちはなぜ「孤独」なのか』が7/14発売。