進行の食道ガンステージ3を生き抜いたジャーナリストの金田信一郎氏が、病院と治療法を自ら選択して生き抜いた著書『ドキュメント がん治療選択』。本書で金田氏が最初に入院し、治療方針に違和感を抱いて逃亡するのが東大病院(東京大学医学部附属病院)です。当時、主治医を務めた病院長の瀬戸泰之先生と“東大逃亡”後、初めて語り合い、治療方針などの疑問をぶつけていきました。第4回は東大病院長が考える未来の手術のあり方について。医療界でも技術は日進月歩で進化し、より患者の身体に負担のかからないような手術が実現できそうだというのです。(聞き手は金田信一郎)

■東大病院長の「がん治療選択」01回目▶「東大病院、開胸しない世界初の食道がんダヴィンチ手術に挑戦したワケ」
■東大病院長の「がん治療選択」02回目▶東大病院長「がん治療の選択、相当数の患者が担当医に方針を任せている」

■東大病院長の「がん治療選択」03回目▶東大病院長が打ち明ける医療制度の課題「患者の相談は保険点数がつかない」

東大病院長が考える手術の未来「大きく切るよりがんのある場所だけ取り除くように」『ドキュメントがん治療選択』著者の金田信一郎氏のかつての主治医であり、東京大学医学部附属病院の瀬戸泰之病院長。インタビューは2021年5月20日に実施(Photo: HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN)

――医療の次代を考えると、ゲノム解析とか分子標的薬などが出てきて、オーダーメイド医療の流れがあります。がん治療を変える可能性はありますか。

瀬戸泰之先生(以下、瀬戸) あると思います。これまでは、胃がんで適応される薬と、大腸がんで適応される薬が違ったりしていた。しかし同じ遺伝子異常が原因であるケースもあります。しかし、これから先は、「この遺伝子異常が原因となるがんなら、この薬にしましょう」といった治療ができる時代になるのかもしれません。実際に、もう認可されている薬も出始めています。

 ただ問題は、すでに多くの方が診断を受けていますが、遺伝子変異が分かっても、それに合う薬が見つかる人は10%程度しかいないというところにあります。しかも、仮に合う薬が運良く見つかったとしても、胃がんにしか保険適用されてない薬だと、大腸がんの人は自由診療となります。ここにも制度の壁があるのです。

――治験が進んでないからですか。

瀬戸 治験には長い時間がかかります。これも制度上の課題でしょう。

――でも、病気の原因に向けての薬が出始めている。

瀬戸 その通りです。これは明らかな進歩ですね。食道がんのロボット手術も、2012年に始めた時には、こんなに安全でいい手術だとは分かりませんでした。だから、患者さんに「まだ研究段階の手術ですが、受けてもらえますか」と承諾を得ていました。けれど今は、自信を持って「術後の痛みが少ないです」「肺炎が少ないです」とお伝えしています。

 同じように、ゲノム診療も日々、進歩しています。原因別にがんの治療が始まっていくはずです。

 薬と手術の違いもあります。手術はがんを取り除きますから、絶対に効果がある。がんというのは一つのかたまりです。そして、これまでなぜ手術の(治療範囲が)大きくなっていたかというと、転移があるかどうか分からないリンパ節まで取り除いていたからです。転移があるかどうかを正確に診断しようというのが、現在の手術の考え方です。それが低侵襲化の方向に進んでいるのです。

 薬物療法では、遺伝子原因別の薬が進んでいくでしょう。一方で、転移がどこにあるのかがより明確に分かれば、手術の範囲はさらに小さくなっていくはずです。そして、がんがあることが間違いないところだけを取り除くようになれば、放射線よりも手術の方を選ぶ患者さんが増えて、回復するはずです。

――食道がんのステージ1ぐらいの小さいがんが1個あっても、ステージ3のがんと同じように、食道を全摘して、胃も切って喉まで引っ張り上げる。だから、食道がんはがんのあるところだけ切ってくれないのか、と考える人は多いと思います。

瀬戸 まさに、それができることを目指しています。

――現時点では、がんの部分だけを取ることは、技術的に難しいんですか。

瀬戸 技術的にはできます。ただ、がんの手術としては、まだやってはいけないのです。がんでは大きく取ることが標準の手術とされていますから。

――やってはいけないんですか。

瀬戸 普通はやらないと思います。臨床研究ではあるかもしれませんが、標準治療ではありませんから。

――なるほど。胃がんは部分的に切除しますね。ところが食道がんはほぼ、全摘になる。

瀬戸 それは、食道の一部を切り取ると、食道がぴーんと(切れて)しまうのです。これが、食道の特性です。

 胃は、胃酸を出すなどの重要な機能があります。しかし食道にはその機能がなく、取っても大丈夫な臓器でもあります。胃は全部取り除くと貧血になったり、消化力が落ちたりするので、少しでも残した方がいいものです。一方で食道は、食べ物を通すだけの役割ですから。

――でも食道を全摘すると、「食べたものが逆流してしまう」という、術後の患者の声はありますね。

瀬戸 そういう声もあります。

――そうすると、食道は一部を取ることが難しい特性なので、今後もがんの部分だけを切除することは難しいのでしょうか。

瀬戸 人工食道みたいなものが作れたらいいのでしょね。しかし、難しいのかもしれません。(研究を)している人はいるかもしれませんし、恐らく100年くらい前からその方法を考えている人はいるはずですが、それが世に出ていないということは、きっとできないのではないでしょうか。
(2021年8月20日公開記事に続く)