「造語」というイノベーション
この小説がビジネスに与えている影響は、いまだ現在進行形だ。
今年7月、フェイスブックCEOのマーク・ザッカーバーグは投資家に向けて「メタバース企業」になると宣言して注目を集めた。メタバースとは、人々が3Dアバターの姿で集い、まるでもう一つの現実のように自由な活動ができるバーチャル空間を指す。人気のバトルロイヤルゲーム『フォートナイト』を運営するエピックゲームズをはじめ、多くのIT企業、ゲーム企業が同様の構想を語っており、メタバースは2021年のバズワードと化している。
いまやテックかいわいでは普通に使われる言葉だが、これも元をたどれば『スノウ・クラッシュ』に登場する造語なのである。そもそも、仮想世界における分身という意味での「アバター」という言葉も同作が初出だ。
『SF思考』を読んでいただければ分かるように、筆者らはSFプロトタイピングのステップとして「造語を生み出す」ことを非常に重要視している。新たな言葉を作ることは、新たな概念を生み出すことに通じるし、それが新しい事業や製品やサービスの核となるからだ。フィクションの中の空想にすぎなかったメタバースやアバターを、多くの企業が競って具現化しようとしている事実は、そのパワーの大きさを鮮やかに示しているといえよう。
ただし筆者の見解では、この小説をシリコンバレーのバイブルに押し上げた言葉は別にある。「フランチャイズ国家」だ。国家が分裂して弱体化する一方で、企業が巨大化して国家を凌駕する――。そんな世界観がこの造語によってくっきりとした輪郭を与えられ、起業家たちの壮大な未来構想に火を付けた。それが数々のビッグテックを生み出した原動力になったように思えてならないのだ。