メンバーのことを考えながら、
「自分と向き合うこと」が大事

 そして、この「内観」では、メンバー全員の顔を思い浮かべながら、最終的には、「今、一番何かを伝えたいと思っているメンバーは誰か?」「そのメンバーに何を伝えたいのか?」ということに思考を収斂させるようにしていました。

 限られた時間で全員について考えようとしても、思考が散漫になるだけですから、そのときに最も気にかかる誰か一人に絞り込んで掘り下げて考えるほうが実りがあるのです。

 ただし、ここで大事なのは、相手のことを考えながら、「なぜ、自分は今、あのメンバーのことが気になっているのだろうか?」「あのメンバーに何を伝えたいのか?」「なぜ、自分はそれを伝えたいと思っているのだろうか?」などと自分と向き合っていくことです。

 例えば、Aさんという実績のある中堅メンバーのことが気になっているならば、こんなふうに自問自答を進めます。

「なぜ、彼のことが気になるのだろう?」
「最近、明らかにパフォーマンスが落ちているからだ」
「彼にどんな言葉をかけたいのか?」
「困っていることがあれば教えてほしいと伝えたい」
「なぜ、困っていると思うのか?」
「元気がないように見えるからだ」
「なぜ、元気がないのか? パフォーマンスが落ちているからか?」
「違うと思う。そう言えば、以前、地方在住の父親が入院したと言っていた。何か心配ごとがあるんじゃないだろうか?」

 このように思考が深まっていけば、Aさんにパフォーマンスを上げるように発破をかけるのではなく、自然なタイミングを見計らって、「悩み事」「心配事」を打ち明けてもらえるようなアプローチをする必要があると思い至ります。

 そして、管理職として可能なサポートを申し出れば、Aさんのパフォーマンスを向上させるきっかけをつかめるかもしれません。こうして、自分のとるべきアクションをできるだけ具体的にイメージしていくわけです。

 大切なのは、相手を変えようとするのではなく、自分の相手に対する認識を深めて、自分のアクションを変えることによって、状況を変えることです。「内観」をする究極の目的は、あくまでも自分と向き合うことであり、自分を変えることにあるのだと思うのです。

「否定」ではなく「肯定」から、
すべては始まる

 忘れられない経験があります。

 あるとき、私はひとりのメンバーとの関係づくりに苦慮していたことがあります。彼はまだ若くて実績にも乏しく、私が任せた仕事もうまく動かせていませんでした。そこで私は、彼の仕事の進め方を改善してもらおうと、あの手この手でアプローチを続けていました。

 ところが、彼は、私の話を一応聞きはするのですが、自分のやり方を改めようとはしませんでした。それどころか、ことあるごとに会社批判を繰り返します。そんな彼の姿に、私は内心で強い反発を感じていました(要するに、腹を立てていたわけです)。あからさまに嫌悪感を示すことは避けていましたが、「自分のことを棚に上げて、会社を批判するなど百年早い」と思っていたのです。

 そんなある日、「内観」をしているときにハッとしました。

 私は、彼の会社批判を、自分の未熟さに向き合わず、仕事ができないことを会社のせいにする「他責思考」の現れだと考えていました。そして、その「他責思考」を改めさせない限り、彼が成長することはないと決めつけていたのです。

 つまり、私は彼をはなから「否定」していたということ。それでは、彼が私のことを「味方」だと思い、私の言うことに心から耳を傾けようとしないのも当たり前のことだと思い至ったのです。

 そして、彼の会社批判の内容を改めて思い返しました。

 それは若気の至りではありながらも、全くの的外れというわけでもなく、耳を傾けるべき部分もそれなりにあるものでした。

 もちろん、管理職としては、メンバーの会社批判に同調することはできません。しかし、見方を変えれば、会社に対する違和感を押し殺し、無難に適応してそつなく仕事をこなすだけの人よりも、彼のほうが会社のことを真剣に考えようとしていると捉えることもできます。

 そして、この点を「肯定」することこそが、彼との関係を築く第一歩になるのかもしれないと思いました。彼のことをはなから「否定」していた自分が間違っていたのであり、自分の彼に対する「見方」「考え方」を変えることが、彼を成長させるために必要なのだと考えたのです。

メンバーに「質問」をすることで、
自分の「問題」に向き合ってもらう

 その後、私は彼との向き合い方を変えていきました。

 彼の会社批判・上司批判にも耳を傾ける姿勢を示すとともに、その批判に同調はしないものの、いったん受け止めるようにしました。そのうえで、彼に欠けている「経営の視点」「株主の視点」「他部署の視点」「取引先の視点」「顧客の視点」などを噛み砕いて伝えて、さらに思考を深めてもらうように促したのです。

 例えば、彼が「あの人は何も考えていない。自分のことしか考えていない。適当な仕事をしている」といったことを口にしたら、「どうして考えていないと判断できるのかな? 具体的に教えてくれない?」「どこまで仕事をしたら適当ではないと言えるの? その基準を教えて?」などと問い返します。

 すると、「いや、なんとなくそう思うんですよね……」とか、「私がやっているくらいには一生懸命やるべきだと思うんです」などと苦し紛れに答えますが、明らかに説得力がないことに彼自身も気づきます。私の質問に答えるなかで、自分の思考が浅いことに向き合い始めるのです。

 ただし、彼を認める発言も必ず付け加えるようにしました。

「君が、この会社をよりよくしたいと思って、一生懸命考えてくれていることを、僕は評価している。ただ、会社を変えていくためには、まず目の前の仕事で結果を出すことが大切だ。そのためにも、一緒にがんばろう」といったことを折りに触れて伝えるようにしたのです。