市場が「マッチング型」へ進化する

関根 「見える化」にしろ、「近さの把握」にしろ、『3X』で論じた技術群、DX(デジタルトランスフォーメーション)とCX(コミュニケーショントランスフォーメーション)が実現のドライバーになりますね。

ESGは制約か目的か、企業が担うべき「社会性」を問い直す安田洋祐(やすだ・ようすけ)
大阪大学大学院経済学研究科准教授
専門はゲーム理論、産業組織論、マーケットデザイン。米プリンストン大学よりPh.D.取得(経済学)。政策研究大学院大学助教授を経て2014年より現職。著書に『学校選択制のデザイン~ゲーム理論アプローチ』などがある。

安田 はい。それらのテクノロジーは既に市場を変えつつあります。かつて市場を動かしていたのは「需要と供給のバランス」でしたが、今は「売り手と買い手のマッチング」が重要視されるようになっています。「安ければ買う」という価格重視の世界から「高くてもAさんから買いたい」という関係性重視の世界への移行が進んでいるのです。

 売り手と買い手の相性が取引を左右するマッチング市場そのものは目新しいものではありません。例えば労働市場は昔からマッチング型で、「給料が1円でも高い方がいい」という価値観より、自分の能力を生かせるか、理念や文化に共感できるか、が重要視されてきました。これが今、財・サービスの世界にも広がっているのです。

 DX、CXの進展でつながりの選択肢が増えたことで、非市場領域の趣味のコミュニティも、「近さ・遠さ」でマッチングできるようになっています。地縁、血縁といった自分では選ぶことが難しい従来のコミュニティとは違い、より自分の価値観に近い場が探せるようになり、出入りも自由になっているのです。

関根 現在は残念ながらコロナ禍におけるリモート環境で、「近さ」が測りづらくなっている面はありますね。ただ、しがらみのようなネガティブなつながりも断ち切られたので、「ポジティブな近さ」を構築するチャンスかもしれません。

安田 コロナ禍を経たからこその学びを生かして社会を変えたいですね。全てをコロナ前に戻すのではなく、かといって効率化やリモート化をやみくもに進めるのでもない。両者の「いいとこ取り」で、社会を進化させたいところです。

 リスボンで暮らしていると、欧州社会が宗教的にも民族的にも多様性が高いことを実感します。それは言い換えれば、文化や生活習慣の違いという「近さ・遠さを測るシグナル」に富んだ社会ともいえます。翻って日本社会は同質性が高く、表面的には「近さ・遠さ」を感知しにくい。だからこそ、オタク文化や同人コミュニティのような、共通の趣味や目的でつながるための方法論が豊穣になったような気もするのです。こうした日本特有の「つながりを生み出す力」には、新たな共領域を創出するポテンシャルがあるのではないか。そんな期待を密かに抱いています。