来たるべき100億人・100歳時代をつくる 「3X」とは何か

気候変動、パンデミック、分断といった地球規模の課題がクローズアップされる中、企業活動においても、ESG(環境、社会、ガバナンス)やSDGs(持続可能な開発目標)にいかに向き合うかがビジネスの中心的な課題になっている。ウィズコロナからポストコロナへの大きな過渡期である今、新たな「豊かさ」の構築に向けて、企業にはどんな視点と行動が求められているのだろうか。大阪大学大学院経済学研究科准教授で、現在、ポルトガルのリスボン大学で客員研究員として在外研究中の安田洋祐氏は、企業活動の目的を根本的に見直した上で、組織の中に新たな「ものさし」が必要だと語る。(聞き手/三菱総合研究所先進技術センター センター長 関根秀真、構成/フリーライター 小林直美、ダイヤモンド社 音なぎ省一郎)

なぜ、企業に社会的使命が必要なのか

関根 経済成長だけではない、新しい「豊かさ」をどう実現するかは、未来を考える上で大きなテーマです。経済学の視点からはどうお考えですか。

安田 「経済的な豊かさ」と「非経済的な豊かさ」は、しばしば対比されますが、未来を考える視座としては、豊かさの種類を区別するより、豊かさを生み出す手段に着目した方が建設的ではないでしょうか。具体的には「市場を活用する方法」と「市場を活用しない方法」です。そして、現実として「市場と非市場の合わせ技」から、さまざまな豊かさが生まれていることを認識する必要があると思います。

 例えば「チップ文化」を考えてみてください。金銭のやりとりだけを見れば市場的ですが、幾ら払うかが客に一方的に委ねられている点では非市場的です。客の利他性・互恵性という非市場的な動機が、チップを通じて労働市場や従業員たちの暮らしを支えています。両者が合わさって「社会全体のサービスの質の向上」という豊かさを生み出しているのです。

関根 望む豊かさを生み出すためには、市場的な仕組みと、非市場的な仕組みを、意識的に組み合わせて使いこなす必要がある、と。

安田 はい。実は経済学では「どんなものでも市場から生み出せる」という市場万能論を、暗黙のうちに仮定している議論が大半です。しかし、市場で活発に取引される「財・サービス」であれ、無償で提供される「公共財」であれ、実は市場だけ、非市場だけで生み出せるものは極めて少ないのです。

 世界的経済学者として知られる宇沢弘文は、社会を安定して維持するために必要不可欠な自然環境やインフラ、あるいは医療や教育などの制度を「社会的共通資本」と捉え、市場原理に委ねるべきではないと主張しました。コロナ禍において宇沢の論が再び注目を集めている背景には、人々が市場万能論の限界に気付き始めてきたことがあると思います。

 日本でも1990年代ぐらいまでは、企業は市場原理に従って営利だけを追い求めていれば良かった。それでも社会全体で一定の平等性が担保できたからです。しかし、それは市場が万能だったからではなく、市場の仕組みからこぼれ落ちた人たちをすくい上げるセーフティーネットとして、地縁や血縁に基づく互恵的なコミュニティや、社内で支え合う会社共同体が機能していたからです。

 しかし、旧来のコミュニティが弱体化した今、企業が営利一辺倒では社会の安定性は得られません。2019年に米国の経済団体「ビジネス・ラウンドテーブル」が、株主至上主義を見直し、マルチステークホルダー経営を重視する声明を発表したのはその象徴です。