日本政府は2050年までに農林水産業の「CO2ゼロエミッション化」の目標を掲げる。だが、一つの重大な懸念がある。社会全体のカーボンニュートラルに不可欠な“燃料”としてのアンモニアの利用が増えると、農業に欠かせない“肥料原料”用途のアンモニアが足りなくなってしまうのだ。特集『脱炭素地獄』(全19回)の#14では、肥料価格の高騰や収穫量の減少、ひいては食料危機にもつながりかねない大問題の真相に迫った。(ダイヤモンド編集部 千本木啓文)
二酸化炭素の欠乏で「食肉処理」できず
ますます穀物が高騰する悪循環
地球温暖化に伴う異常気象で甚大な影響を受けてきた農業に、世界的な脱炭素の潮流が追い打ちをかけようとしている。
今年、英国の養豚農家を悲劇が襲った。豚の「食肉処理」がストップしてしまったのだ。出荷できずに滞留した豚は飼料を食べ続け、養豚農家の経営を圧迫した。
原因は、CO2不足だ。英国では動物福祉の観点から豚などを「食肉処理」する前にガスで失神させるが、そのために使うCO2が足りなくなったのだ。
遠因となったのが化石燃料の高騰である。従来、肥料を製造する過程で排出されるCO2を「食肉処理」に使ってきたのだが、化石燃料の高騰で肥料工場が稼働できなくなってしまった。
事態が放置されれば養豚農家は農場で豚を処分せざるを得ない。その場合、豚の多くは食用にできず無駄になる。今回のケースは、幸いにも政府が介入して肥料工場を稼働させたので養豚農家は惨事を免れた。
だが、この問題は脱炭素が食料危機を引き起こす「可能性」を暗示することになった。
どういうことなのか。