1200年続く京都の伝統工芸・西陣織の織物(テキスタイル)が、ディオールやシャネル、エルメス、カルティエなど、世界の一流ブランドの店舗で、その内装に使われているのをご存じでしょうか。衰退する西陣織マーケットに危機感を抱き、いち早く海外マーケットの開拓に成功した先駆者。それが西陣織の老舗「細尾」12代目経営者の細尾真孝氏です。その海外マーケット開拓の経緯は、ハーバードのケーススタディーとしても取り上げられるなど、いま世界から注目を集めている元ミュージシャンという異色の経営者。そんな細尾氏の初の著書『日本の美意識で世界初に挑む』が9月15日にダイヤモンド社から発売されました。「失われた30年」そして「コロナ自粛」で閉塞する今の時代に、経営者やビジネスパーソンは何を拠り所にして、どう行動すればいいのでしょうか? 新しい時代を切り開く創造や革新のヒントはどこにあるのか? 同書の発刊を記念してそのエッセンスをお届けします。これからの時代を見通すヒント満載の本連載に、ぜひおつきあいください。好評のバックナンバーはこちらからどうぞ。

「西陣織」は、なぜ海外で売れなかったのか?Photo: Adobe Stock

織機の音が街から消える

 西陣織のマーケットは、ここ三〇年の間に、一〇分の一になってしまっている厳しい状況でした。かつては成人式にブライダルと、生涯のうち、きものを買うタイミングがいくつかあったものです。

 しかし現在はレンタルが増えました。

 人口減少やバブル以後の不況を受け、日本人の経済状況や生活様式が変化するのに伴い、きものは一種の「贅沢品」として、需要を失ってきていました。

 かつて、私が生まれた京都・西陣の街では、どこに行っても、夜中までガタンガタンと織機(しょっき)の音が響いていました。友達の家に遊びに行けば、そのお母さんが機を織っているのは当たり前のことでした。それくらい街は西陣織の製造で賑わっていたのです。

 ところが現在、街から織機の音はすっかり消えてしまいました。

 多くの機屋(はたや)や卸店が撤退し、工房だった場所は、多くがマンションなどに取って代わられています。それは日本人がきものを買わなくなっていることの表れでした。