製品にしないと売れないという
固定観念にとわられていた

イノベーションが起きるときに必要な、ある意外なものとは?細尾真孝(ほそお・まさたか)
株式会社細尾 代表取締役社長
MITメディアラボ ディレクターズフェロー、一般社団法人GO ON 代表理事
株式会社ポーラ・オルビス ホールディングス 外部技術顧問
1978年生まれ。1688年から続く西陣織の老舗、細尾12代目。大学卒業後、音楽活動を経て、大手ジュエリーメーカーに入社。退社後、フィレンツェに留学。2008年に細尾入社。西陣織の技術を活用した革新的なテキスタイルを海外に向けて展開。ディオール、シャネル、エルメス、カルティエの店舗やザ・リッツ・カールトンなどの5つ星ホテルに供給するなど、唯一無二のアートテキスタイルとして、世界のトップメゾンから高い支持を受けている。また、デヴィッド・リンチやテレジータ・フェルナンデスらアーティストとのコラボレーションも積極的に行う2012年より京都の伝統工芸を担う同世代の後継者によるプロジェクト「GO ON」を結成。国内外で伝統工芸を広める活動を行う。2019年ハーバード・ビジネス・パブリッシング「Innovating Tradition at Hosoo」のケーススタディーとして掲載。2020年「The New York Times」にて特集。テレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」「ガイアの夜明け」でも紹介。日経ビジネス「2014年日本の主役100人」、WWD「ネクストリーダー 2019」選出。Milano Design Award2017 ベストストーリーテリング賞(イタリア)、iF Design Award 2021(ドイツ)、Red Dot Design Award 2021(ドイツ)受賞。9月15日に初の著書『日本の美意識で世界初に挑む』を上梓。

山口 そこに出したのは、帯なんですか。

細尾 そうです。伝統的な琳派(りんぱ)柄の帯を2本出しました。展覧会は、それ以外では任天堂のゲーム機とか、チームラボのアニメーションとか、そういった日本が誇る「感性価値」というくくりの日仏150周年を記念した展覧会です。それが好評で翌年、ニューヨークに巡回展になったということで、それがピーター・マリノさんとの出会いにつながったのです。

山口 それは着物の形でデモンストレートしたんじゃなくて、あくまで帯として出された?

細尾 そうなんです。やっぱり西陣織というと着物もあるんですけども、近年は、やはり帯というところがメインで、いわゆる32センチの幅の伝統的な和柄の帯です。

山口 そこは本の中ではさらりと書かれてますけれども、いろいろ示唆深いと思っていて、ある意味で帯というのは、西陣織そのものの情報が前面に出るフォーマットになっているわけですよね。つまり椅子とか、ソファーとか、ほかの何か製品を作るという形で出されると、そこで表現されるものは家具だったり、椅子だったり、クッションだったりすると。それが帯という形で出されると、これはもうファブリック(織物、布地)そのものなんで、見る人が見れば、そこに目が行きますよね。

細尾 そうですね。

山口 結果的にはそれが非常に大きなきっかけになって、オーダーにつながるわけですけども、この情報の与え方というのも、工芸に関わってる方で海外とコミュニケーションされてる方は、非常に参考になるのではないでしょうか。情報量をむしろそぎ落とすことで、向こう側の文脈に沿ったある種のイメージを広げられるかっていうのは、けっこう鍵ですよね。あそこは、すごくさらっと書かれているけれども、むしろマリノさんがもしかしたらソファーの形でそれを見ても、反応できなかったかもしれないですよね。ただ、彼ぐらいの感性が高い方になると、そこから情報をそぎ落としてファブリック(織物、布地)としての情報の豊かさにフォーカスできたのかもわからないですけれども、そこの情報の与え方とか、本当の魅力は何なのかっていったら、彼にとって見てみれば、「これはファブリックだ!」ってことだったんですね。

細尾 そうです、素材だったんです。ですから、ほんとにビジネスをちゃんと新規事業として成立させようと必死でソファーをつくったり、翌年はクッションを持っていったりということで、プロダクトをやればやるほど実は間口を狭めていたんだと。逆に、素材というところで展開したときに、それにインスピレーションを受けたトップクリエイターがその使い道を見出して、そこからコラボレーションが始まったのです。つまり、つくった料理を料理人に見せるんじゃなくて、やっぱり素材を見せていく必要があったんだなという。いままで無理やり料理(製品)にしないと売れないというふうに思い込んでいたというのが、固定観念だったなと思います。

山口 本の中ではそういう語られ方もしてないし、一般的にそういう解釈じゃないと思うんですけど、これ一種のオープンイノベーションの大成功事例なんですよね。オープンイノベーションって、皆さん聞かれたことあると思いますけども、ある固有の要素技術を持っている企業さんが、この技術を使って何かできませんかっていうことでコラボレーションを組むんです。例えば代表的な例でいうと、大阪ガスさんがあるんですが、天然ガスってあれを気化させるときにものすごい低温状態が発生するんです。マイナス200度ぐらいになるのかな。もうなんでもカチンカチンに凍らせられるんです。なんでも凍らせられるんだけど、ガス会社だから凍らせられるといってもなんのビジネスになるんだってわからない。ふつうは逆ですよね。

細尾 そうですよね。

山口 エネルギーの会社って暖めるとか、熱するというのが仕事なので。それで、ものすごく冷たくなるんですけど「これなにかに使えませんか?」って、いろいろな会社にヒアリングしたんだけど、全然ビジネスにならないなと思っていたところにサントリーさんがいらっしゃった。果物というのはカチンカチンにすると粉砕できて、粉砕させると原料にムラなく混ぜられると。それで「-196°ストロングゼロ」というお酒のブランドができあがるんですね。

細尾 そういうことだったのですか。

山口 だから、オープンイノベーションの文脈では、これは成功事例といわれるんですけれども、実は細尾のケースもピーター・マリノさんがやってきたケースというのは、実は構造としてはまったく同じですよね。バリューチェーンというのかな、繊維・素材があって、企画があって、製品化して、製品にしてまとめて出荷するっていうことで。皆さん、自社のバリューチェーンをだいたいここからここまでって守備範囲を決めているんですけども、そこをあえて広げて、違う分野のところはほかの会社にやっていただくというコラボレーションが、すごくビジネスの可能性を増やしたということでいうと、これは「美のオープンイノベーション」とても呼ぶべき、すごい珍しい事例だなと。

細尾 確かに、結果そうなったみたいなところはあるんですけども、でも、あの1本のメールがやはり転機というか、大きかったですね。