京都の伝統工芸・西陣織のテキスタイルがディオール、シャネル、エルメス、カルティエなど世界の一流ブランドの内装などに使われているのをご存じでしょうか。日本の伝統工芸の殻を破り、いち早く海外マーケット開拓に成功した先駆者。それが西陣織の老舗「細尾」12代目経営者の細尾真孝氏です。ハーバードのケーススタディーとしても取り上げられるなど、いま世界から注目を集めている異色経営者、細尾氏の初の著書『日本の美意識で世界初に挑む』(ダイヤモンド社)が出版されました。本連載の特別編として、今回から4回にわたって独立研究者・著作家・パブリックスピーカーの山口周さんと細尾さんの対談をお届けします(2021年10月5日にパークハイアット京都で行われた「GO ON(ゴオン)」主催の「CRAFTS NIGHT」での対談をもとに構成)。山口さんと細尾さんのお2人が、美意識と工芸の持つ可能性について語り尽くします。好評のバックナンバーはこちらからどうぞ(構成/書籍編集局・高野倉俊勝、撮影/伊藤信)。

イノベーションが起きるときに必要な、ある意外なものとは?細尾真孝氏と山口周氏

日本には「美意識」という競争資源がある

山口周(以下、山口) 細尾さんの初の著書ですが、今回、僕が推薦の帯を書かせていただきました。それで、そのために原稿をいただいて読んだのですが、お世辞抜きにいろんなヒントが詰まってる本だなと思いました。

細尾真孝(以下、細尾) ありがとうございます。

山口 日本はこれまで機能とか便利さとかテクノロジーで、すごく成長して世界的にも成功しきたんですけれど、ここ10年、20年、やっぱり経済的にも難しい状況になっています。では、次のブレークスルーはどこにあるのかなって言ったら、「美意識」という競争資源が日本にはあるじゃないかと。世界の向こう側から見ると、日本はものすごいものを持っているのに、自分たち側で、「いやいや、そんなのたいしたことないでしょ」と思っている…。このギャップって、一体なんだろうと思ってたところでした。

細尾 そうですね。

山口 僕は2017年に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)という本を出したんですけど、僕の話というのは、純粋に理論的な話だったり、概念的な話だったのが、細尾さんがその実践という形で「日本の美意識」が世界からトップブランド並みのインパクトで評価をされているということを証明してくれたんで良かったです。細尾さんみたいな人が出てこないと、僕の言ったことがオオカミ少年というか、風呂敷を広げるだけ広げといて、おまえの言っていることって現実を見てないよなっていう話になってしまうところだったので…。細尾さんがこういう形で風穴を開けてくれたんで、非常にうれしかったというか、わが意を得たりというか、この場を借りてお礼を言いたいです(笑)。

細尾 ありがとうございます。でも実際、私も山口さんの本から、大きな影響を受けていまして、その後も山口さんの著書をいつも拝読させていただいて、非常にやっぱり考え方とか、これからの時代というところで共感する部分が多くありました。そういう意味では、山口さんの弟子のような気持ちで、いま勝手に山口さんの弟子をたまに自称しています(笑)。

山口 細尾さんの本を読んで、いろんな発見があったんですけれども、一つは細尾さんの場合は西陣織というフィールドで、西陣織は西陣織の美意識とか、その良さというのが自己認識としてあるわけですけど。でも、世界に出ていこうとするときに、必ずしも自分たちが思っている良さとか、価値というものが、そのまま向こう側が受け取ってくれるものじゃないと。本日の参加者の中にも工芸にかかわっている方がいらっしゃると思うんですけど、工芸って日々の生活とものすごく密接につながっているものですよね。例えば日本でいうと、着物を要所要所で着るだとか、あるいは日本家屋だったら家具だったり襖(ふすま)だったり、そういったものがあるわけです。一方、海外は海外でそれぞれの国の生活があって、それぞれの生活文脈に強く根付いているからこそ、工芸の良さがある。それで、日本の工芸をそのままの価値観で海外に持っていっても、やっぱり通用しないというのを、海外進出のときにある種の挫折として経験したわけですよね。

細尾 挫折ですね。もう木っ端みじんに。