「アートをなめるな」と駄目出し
最初私たちは、フェルナンデス氏から送られてきた絵を、西陣織の技法のひとつである手織りの綴織(つづれおり)で表現しようと考えました。
綴織というのは、複雑な文様になると一日にわずか一センチしか織り進められないほどの高度な技術と時間が必要な織り方です。
しかしそれによって実現される綴織は、他の織物とは別格の、最高の美を備えた織物になります。フェルナンデス氏の作品に対して、私たちは超絶技巧で応えようとしたのです。
ちょうど香港で開催された「アートバーゼル」というアートフェアのときに、ニューヨークのリーマン・モーピンというギャラリーが出展していて、彼女が香港で展示をしていました。ギャラリーのオーナーとフェルナンデス氏もその会場に来ていたので、つくった綴織を二人に見せようと私は香港に飛びました。
結果はNGでした。
「これはこれで綺麗だけど、私との作品じゃなくていいですよね。アートではないですよね」と。
ギャラリーのオーナーには「アートをなめるな」とさえ言われました。「デザインの世界だったらいいかもしれないけど」と。
そのときはショックを受けましたが、何が駄目だったのか。
「最高の美を備えた織物をつくれば認めてくれるはずだ」と考えたこと。これもまた私たちが抱いていた固定観念でした。
そこで私たちはその考えから離れ、もう一度、ゼロから考え直しました。綴織だと、彼女の作品を表面的に織物でコピーしているだけになってしまうのではないか。単に美しいものではなく、彼女の作品と結びついた、織物ならではのコンセプトがないといけないのではないか。
そこで彼女の作品のテーマである「ものの二面性」に向き合う必要がありました。
そして「ものの二面性」とは何かを考え、「織物ならではの二面性」を表現することにしたのです。
夏物のきもので使われる紗(しゃ)という織物があります。織組織により、糸をからませ、生地に隙間を作ることで、通気性と透過性の高い生地となるものです。
それを応用して、私たちは彼女の作品を、透ける部分と透けない部分のある「二面性の織物」で表現することにしました。
ある側から見ると織物が透けて見えて、向こう側に人がいるのがわかる。
けれども反対側から見ると織物はまったく透けず、向こうに人がいるかどうかはわからない。
それを実現するための織機を開発するために、これまた丸々一年の期間が必要でした。
こうして完成した織物作品が『Nishijin Sky』で、幅六メートル、高さ二メートル五〇センチという大きなものになりました。この作品を見せると、フェルナンデス氏のOKが一発で取れました。
それは織物の構造と光の反射を利用した、新素材が生まれた瞬間でもありました。
株式会社細尾 代表取締役社長
MITメディアラボ ディレクターズフェロー、一般社団法人GO ON 代表理事
株式会社ポーラ・オルビス ホールディングス 外部技術顧問
1978年生まれ。1688年から続く西陣織の老舗、細尾12代目。大学卒業後、音楽活動を経て、大手ジュエリーメーカーに入社。退社後、フィレンツェに留学。2008年に細尾入社。西陣織の技術を活用した革新的なテキスタイルを海外に向けて展開。ディオール、シャネル、エルメス、カルティエの店舗やザ・リッツ・カールトンなどの5つ星ホテルに供給するなど、唯一無二のアートテキスタイルとして、世界のトップメゾンから高い支持を受けている。また、デヴィッド・リンチやテレジータ・フェルナンデスらアーティストとのコラボレーションも積極的に行う2012年より京都の伝統工芸を担う同世代の後継者によるプロジェクト「GO ON」を結成。国内外で伝統工芸を広める活動を行う。2019年ハーバード・ビジネス・パブリッシング「Innovating Tradition at Hosoo」のケーススタディーとして掲載。2020年「The New York Times」にて特集。テレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」「ガイアの夜明け」でも紹介。日経ビジネス「2014年日本の主役100人」、WWD「ネクストリーダー 2019」選出。Milano Design Award2017 ベストストーリーテリング賞(イタリア)、iF Design Award 2021(ドイツ)、Red Dot Design Award 2021(ドイツ)受賞。9月15日に初の著書『日本の美意識で世界初に挑む』を上梓。