正解からはみだした先駆者ダ・ヴィンチ

末永 レオナルド・ダ・ヴィンチを例にとると、ダ・ヴィンチは当時のアートの「正解」からはみだした画家でした。ダ・ヴィンチが優れた観察力、写実的に絵を描くすばらしい技術をもっていることは当時から知られていました。

 ダ・ヴィンチ以前のアートの常識には、「ものを観察して写実的に描く」という、今でこそ当たり前の考えがなかったんです。しかし彼は、当時のアートの常識、「正解」からはみだしていき、これが人々に衝撃を与えたわけです。

「余計な仕事」こそが生きる力になる

 ダ・ヴィンチはルネサンス期の画家ですが、それ以前の中世の宗教画を見ると、ダ・ヴィンチの新しさがよくわかります。

 この絵の中央にいるのが聖母マリアで、幼子であるイエス・キリストを抱きかかえています。よく見るとマリアの表情も動きも固く、ある意味不自然で写実的とは言えない絵です。キリストには科学的には見えないはずの後光がありますから、観察して描いたわけではないことがわかります。

 これは当時、絵画の技術に問題があって写実的な絵が描けなかったわけではありません。マリアやキリストなど聖人たちは「写実的」に描くのではなく、「象徴的」に描くもの、つまり、「頭で知っていること」を描くものだという常識があったため、こうした表現になったのです。ところがダ・ヴィンチは違いました。

「余計な仕事」こそが生きる力になる

 真ん中のマリアの右下にキリストが描かれていますが、これは当時とはまったく違う描き方です。ダ・ヴィンチのマリアは、観察した実在の女性をベースにして写実的に描かれています。右下のキリストも普通の赤ちゃんの姿で描かれて、かつて「お決まり」だった後光も差していません。

 また、キリストの横には天使がいますが、ダ・ヴィンチは当時の「お約束」だった天使の翼を描くのがどうしてもいやで、苦肉の策としてマントをかぶせています。現実的に、科学的に観察した姿を描きたいというのが、ダ・ヴィンチの「興味のタネ」だったわけです。

 当時の宗教画は教会などから依頼されて描くものですが、この絵は当時の「正解」から大きく外れていたため、教会は受け入れを拒否して裁判沙汰になったというエピソードが残っているほどです。