書籍『全図解メーカーの仕事 需要予測・商品開発・在庫管理・生産管理・ロジスティクスのしくみ』は、巷によくある業界別の紹介ではなく、商品が顧客に届くまでのサプライチェーンを俯瞰して製造業の仕事を解説している点で「異色の本」と言えます。ある大手書店さんから「こんなの欲しかった!これまでになかった本!」という嬉しい評価もいただきました。そして何と言っても、現役の若手実務家4人の著者陣が、それぞれの専門分野を活かして執筆した、というのも本書の特徴の一つ。今回は、その著者陣4人に、メーカーの魅力や、現在の専門分野を極めるに至った経緯、本書をまとめてみて改めて気づいた点などについて聞きました。メーカーへの就職を目指す方、また、メーカーへの就職が決まっている方は必読です!
――『全図解 メーカーの仕事』を執筆いただいた山口雄大さん(大手化粧品メーカー勤務)、行本顕さん(大手消費財メーカー勤務)、泉啓介さん(外資系化学メーカー勤務)、小橋重信さん(アパレルメーカーや電機メーカーなどを経て物流コンサルティング会社を起業)は、みなさんともメーカー、いわゆる製造業で目下働かれている、あるいは在籍された経験がある方ばかりです。お勤めの業界もさまざまではありますが、メーカーで働く醍醐味から伺えますか。
山口雄大さん(以下、山口) 私は化粧品メーカーに勤めていて、勤務するまでは実のところ化粧品に詳しかったわけではなかったのですが、「化粧品は宝石」という人もいるくらい、デザインが魅力的なものが多い、というのが実感です。きれいな配色、魅力的なデザインを見ると気持ちが上がる人も多いと思います。仕事の中では特に、需要予測で、はじめてメイクアップの新商品を見る時が楽しいです。
資生堂は東日本大震災の際、口紅を配って回りました。住む家、食べ物、衣服などとは違いますが、多くの女性が笑顔になりました。これが化粧品メーカーの醍醐味だと思います。
行本顕さん(以下、行本) 私は消費財メーカーに勤めていますので、日頃、買い物の際に店頭で勤務先の製品を見かける際の嬉しさもさることながら、帰省の際にふと開いた実家の勉強机の引き出しの中に勤務先のロゴのついた製品を見つけたときなど、思いがけない発見を感慨深く感じる瞬間が度々あります。
メーカーの仕事が学生の頃には想像もつかないほど奥深いものであることは実務を通じて十分に理解しているつもりでしたが、逆にこんなにも身近なものだったのかとあらためて気づく機会を得たこともまたメーカーに勤務する醍醐味の一つなのかもしれません。
泉啓介さん(以下、泉) 私が勤めるのは化学メーカーです。実際に入社してみてから、製品が企画されてから生産され顧客に届くまでには、さまざまな業務があることを知りました。また個々の業務は独立しているわけではなく、お互いの連携が必要です。特に商品をいつ、どれだけ準備して販売するかはメーカーにとって重要な意思決定で、販売部門と製造部門の連携はとても重要だと感じています。
製造部門の視点でいうと、商品の開発・決定後から商品を販売するまでには、さまざまな材料の調達、複数ラインでの製造を経る必要があり、実際の現場ではモノが予定どおりに届かない・期待される品質のモノが生産できないといった予定通りにいかないことも多々あります。そういった想定外の状況に対して、国内外のさまざまな部門と協力・連携して課題を解決することに大変さと同時に醍醐味を感じます。
小橋重信さん(以下、小橋) 私はいまは独立していますが、かつて勤めていたアパレルメーカーであれば、たとえば毎シーズン市場のトレンドを予測しながら新しい商品を企画して、店頭に並べ販売します。それも気温の変化やオケージョンと呼ばれる、入学式や冠婚葬祭などの特別な行事やイベントなどの人々のライフスタイルに合わせたファッションの提案を行います。以前は春夏秋冬での4シーズンでしたが、52週MDと言われる週単位での店舗での商品展開や着こなしのコーディネートを企画し、週単位でその予測に対しての実績結果をもとに商品の追加や在庫消化の販売施策を検討します。時には街に出て、今どんなファッションが流行っているのかを観察して、市場の調査を行います。そして、昔と比べて多種多様な世の中になっているため、自社のブランドのコンセプトを明確にして、どんな人にファンになってもらいたいかを発信することも重要になってきています。
――みなさんとも、メーカーの魅力を実感されているのがよくわかりますが、それぞれ、今の専門分野につかれるまでは、メーカーの中でどんなお仕事をされてきたのでしょうか。
順番に伺いますが、まず山口さんは、今の会社で10年以上、需要予測を担当されていて、需要予測システムの設計や需要予測AIの開発に携わっていらっしゃいますよね。
化粧品メーカーで需要予測やS&OPマネジャーを担当。コンサルティングファームの需要予測アドバイザー。「SCMとマーケティングを結ぶ! 需要予測の基本」講座(JILS)講師。著書に『需要予測の戦略的活用』(日本評論社)など。
山口 私が入社した2007年は、総合職はみな、最初は営業に配属されていました。3年程度、営業の仕事を経験し、社内の公募制度でロジスティクス部門へ異動しました。
当時は「需要予測」という言葉すら聞いたことがなかったのですが、「左脳で仕事したい人」という文言に釣られて応募したのを覚えています。「需要予測」という文字を目にした瞬間、「コレだ!」という予感はあったのですが、実際に仕事をする中でその重要さと奥深さ、さらなる価値を生み出せる可能性を感じ、没頭していきました。
需要予測では“自分が需要データには一番詳しい”という責任感と説明責任、さまざまなステークホルダーからの信頼が重要です。今ではデータを扱う左脳だけでなく、コミュニケーションを円滑にする右脳も使いながら、需要予測をマネジメントしています。
――公募制度でその部署に異動されたのがきっかけだったんですね。では行本さんの場合はどうですか?行本さんは銀行を経てメーカーに入られ、経営企画・財務・法務のほか、海外調達や生産管理を担当されていると伺っています。
消費財メーカーで経営企画・財務・法務および海外調達・生産管理を担当。ASCMインストラクター(CPIM-F、CSCP-F、CLTD-F)。『ロジスティクスコンセプト2030』(JILS)調査メンバー。著書に『基礎から学べる! 世界標準のSCM教本』(共著・日刊工業新聞社)など。
行本 メーカーに勤務するビジネスパーソンとしてはSCM(サプライチェーン・マネジメント)を専門分野としています。大学院では「契約法」という私法分野を専攻していました。2003年に現在の勤務先に入社してからはご紹介いただいたように様々な部署を経験する機会を得ています。いわゆる「文系」の典型とも言えるキャリアパスを辿っていると思っています。SCMと契約法では随分違う世界のように見えますが、実は関心の対象となっている問題状況がとても似ているんです。
というのも、近年は「VUCAの時代」だと言われていますが、もともと私たちの暮らす世界は不確実なことに満ちています。「契約」は将来の出来事に対する対応をあらかじめ合意しておくことで不確実性を和らげる知恵の一つといえます。他方の「SCM」は科学の力で将来の需要に関する予見性を高めたり、情報伝達方法を標準化して外部環境変化の予見性を高めたりすることで、将来の不確実性を和らげます。つまり、いずれの分野も情報が十分に手に入らないことで起こる様々な問題(いわゆる「情報の非対称性」)を克服することが目的の一つとなっています。30代の頃にシカゴで駐在員として勤務する中でこの事に気づき、以降SCMをビジネスパーソンとしての専門分野としています。
銀行員時代の経験は本書であまり強調していませんが、メーカーの仕事を財務の面から考察する観点はあちらの世界での仕事がきっかけで得たものです。本書をあらためて読み返しますと、第10章(「メーカーが利益を上げる仕組み」)にその影響が色濃く現れていると思います。
――SCM×法学という二つの強みをもってメーカーで活躍されているんですね。
外資系化学メーカーで生産計画や需要予測、需給調整などを担当。ASCMの資格保有(CPIM、CSCP)。APICS Dictionary翻訳メンバー。
では、続いて泉さんはどうですか。SCMを担当されていて、BtoBビジネスのさまざまなカテゴリーの製品の生産計画立案や需要予測、需給調整などを経験されてきたと伺っています。
泉 はい、製造部門の中でも生産計画・需要予測・需給調整といった業務を担当してきました。一般に、サプライチェーンマネジメントと呼ばれる分野になります。最初は、工場内のある一つの製造ラインの生産計画業務を担当していました。そこから、工場内の製造ライン間の連携、国内外の他の工場との連携、需要予測、販売計画と供給計画の調整といった業務を担当してきました。いろいろな失敗も経験しましたが、部分最適ではなく、事業計画にあった全体最適の視点が大事だと実感しています。
――泉さんは、一つの製造ラインを担当されたところから、どんどん広範な領域を担当されるようになってきたんですね。小橋さんの場合はどうでしたか。
株式会社リンクス代表取締役社長。アパレルメーカーのマーチャンダイザーやブランド運営、3PL会社マーケティング執行役員を経て現職。日本オムニチャネル協会の物流分科会リーダー。
小橋 最初は営業からスタートしました。百貨店や専門店を担当して、展示会では次のシーズンの商品の説明をして、少しでも多く受注をもらうのが仕事でした。また、エリア戦略的に出店していない商業施設での新規開拓も行いました。そのうちブランド事業の責任者となると、店舗での売上実績やトレンドの変化などから、仕入れ計画や、商品展開などの見直しなど、店舗での欠品を防ぐだけでなく、在庫品を残さないようにコントロールすることが重要になってきます。それを毎シーズン繰り返しやっていく中で、商品MDと言われる、商品企画から仕入れ、販売に至るまでの計画や予算管理、販促マーケティングなどの知識を身に付けていきました。
――みなさん、さまざまな方向から今の専門分野にたどりつかれていて面白いですね。それぞれのご経験を棚卸して今回の書籍『全図解メーカーの仕事』をまとめていただいたわけですが、改めて気づいた点などあったでしょうか。あるいは、大変だった点なども伺わせてください。
山口 今回は自分の専門領域である需要予測だけでなく、メーカーの売上、利益を支えるサプライチェーン全体の実務を描きたいと思っていました。そこで、生産や在庫管理、物流など、それぞれの専門領域のプロフェッショナルに声をかけ、4人で執筆する企画を提案しました。
グローバル標準の知識体系(APICS)を軸としたので、概念の定義ではあまりブレなかったのですが、実務からの解釈でどこかの業界に偏り過ぎないよう、注意が必要でした。例えば化粧品は新商品が多く、容器を調達するための時間が長いといった特徴があります。一方で、筆記具であれば定番品が売上の主力であり、安定的な供給が競争力を生みます。こうしたビジネスモデル、扱う商材の特徴の違いを踏まえ、サプライチェーンをマネジメントすることが有効だというのが、4人のコミュニケーションの中で実感できました。
行本 そうですね。実際の業務がそうであるように、本書のテーマである「メーカーの仕事」は様々な人や活動が相互に関連して成り立っており、一人の観点で語りつくせるものではないということをあらためて実感しました。その一方で、この分野を多様な観点から語ろうとすると全体を俯瞰した姿の描き方が散漫になるというジレンマにも直面しました。幸いなことに本書は著者4名がSCMという共通のバックグラウンドを持っていましたので「メーカーの仕事」という広範なテーマを一貫した整理軸で描くことができたのではないかと思います。
泉 工夫した点で言えば、メーカーのもつ共通のしくみについて、4名で担当したそれぞれの業務について、担当した章をまたいでいてもつながりがわかるよう、関連するトピックにはレファレンスを入れています。また、用語についても統一の言葉を使い全体としてまとまるよう留意しました。また、教科書的な内容をただ載せるだけでなく、経験的な視点も入れて主要なトピックを紹介させていただいたつもりです。各章の執筆の主担当はあるものの、メンバー間での議論やフィードバックを反映しており、より実践的な内容になったと自負しています。自分1人だけでは到底ここまで広範で、実際の運用での経験に基づいた意見を反映した内容は書けませんでした。
小橋 本当にそこは私もそう思います。
加えて、私が主に担当したパートである物流というのは、これまでコスト部門として扱われてきました。自分がいたアパレルメーカーでも、物流部門は日陰の存在として、その重要性について議論されることはなかったです。でも、企業にとって物流を戦略的に考えることが、マーケティングなどの重要性と同じくらい大切になっています。マーケティングが消費者ニーズを探り、ブランドや商品を多くの人に訴求する需要をつくり出す「売れる仕組み」だとすると、サプライチェーン含め、物流(ロジスティクス)は、商品の原材料の調達から製造、販売までの納期含め、供給ラインを調整し、消費者が必要とする商品を、必要とする時に、必要な量だけ、必要とする場所に届ける、その需要を無駄なく遂行するため、「儲ける仕組み」と言えるのではと思います。そのロジスティクスの大切さを、読者にわかりやすく伝えるためには、どのようの表現するのが良いのかを悩みました。
――仰る通り、4人それぞれのプロフェッショナルが集結したからこそ、できた本だなというのを実感します。最後に、この本を読んでメーカーに就職したいと思われる若い方や、メーカーを目指しているからこの本を手に取った、という方も多いと思います。そんな読者のみなさんにぜひ著者の四方からひと言ずついただけますか。では、今度は小橋さんからお願いします!
小橋 高度経済成長期の人口の増加に合わせて、モノが売れていた時代からモノあまりの時代となり、これまでの縦割り社会で、それぞれの事業部が与えられた仕事だけをやっていてれば良い時代は終わりを告げました。第4次産業革命と言われるAIやIOTなどのデータを活かしたデジタル化によって仕事のあり方そのものが、ものすごいスピードで変わろうとしています。その中でメーカーの役割も、モノを作るって、売るだけの価値だけでなく、消費者の生活を豊かにするサービスとしての役割が重要になってくるのではと考えています。これからメーカーを目指す人には、スマートフォンがこれまでの携帯電話としての常識を超えて、世の中の仕組みを大きく変えたように、そんな商品やサービスを日本から発信してもらえたらと思います。そして、それをささえる機能としてサプライチェーンやロジスティクスについてより深く興味を持ってもらえたら嬉しいです。
泉 消費者としてモノを消費する日々の生活の基本は変わらないと思いますが、最近は商品の進歩の速さを特に実感します。私が子どものころ、テレビがこんなに大画面で薄くなるとは想像もできませんでしたし、自宅の家電を外出先から操作できるようになるとは思ってもみませんでした。そのような中、商品のみならず、業務を遂行する上でも技術の進歩を実感します。以前に比べて取り扱える情報量も増え、また場所や国境を超えた連携が、より必要になってきています。どんどん新しい技術・アイデアを取りいれて、よりよい製品・サービスを提供できる機会があり、ぜひチャレンジいただければと思います。本書がメーカーの仕事に興味をもっていただけるひとつのきっかけになれば大変嬉しいです。
行本 「花形部署」という呼称はいまや死語かもしれませんが、企業に就職したからには「ぜひこの部署で活躍したい」という意中の部署名を胸に秘めて就職活動に取り組まれている方は多いと思います。しかし、本書で紹介したように「メーカーの仕事」に含まれる個々の活動はそれらが相互に関連することで価値を創出・提供するダイナミックな仕組みの中に存在しています。この観点に立てば「メーカーの仕事」でご紹介した様々な仕事はいずれも魅力にあふれており、その前提となる包摂的な世界観を共有する方にこそ広く門戸が開かれる産業であってほしいと願っています。そして、もしも本書がメーカーを目指す皆様の刺激となったならば、著者としては望外の喜びです。
山口 コンサルティングや金融、教育や外食サービスなど、世の中にはさまざまな業界があります。その中でメーカーの特徴はやはり「モノ」ですが、日本ではすでに“良いモノを大量につくれば儲かる”時代は過ぎました。多様化する消費者の嗜好を迅速に捉え、時にはまだ多くの消費者が気づいていない価値を提案することも必要です。同時に、サービスレベルとコストのバランスがどう経営に影響するのかを理解し、メーカーとして戦略を決めていくことが求められます。さらに、モノだけでなく、消費者がそれを使った時の体験(コト)が価値の差別化にもつながります。この体験には、モノを購入する、受け取る、捨てるといったタイミングも含まれます。商品、消費者のライフサイクルを俯瞰的に眺め、さまざまな接点での価値創出を考えることが、これからのメーカーの仕事では重要になると思います。メーカーの歴史は長いですが、まだまだ新しい挑戦が必要な業界です。モノとコトを通じた新しい価値発信で、一緒によりよい世界をつくっていきましょう!