立花隆氏の著書『ぼくはこんな本を読んできた』によれば、人間が持つ知的欲求は、何か目的があって知りたい実用的な知的欲求と、純粋な知的欲求に分けられる。知的欲求は人間だけのものに思われるが、そうではない。アメーバも新しい環境に入れた途端に触手を伸ばし、周囲の状況を知ろうと動く。筆者は取材のために実用的な調べ物はしていたものの、アウトプットと同時に使い切ってしまうような感覚に陥っていた。変化に乏しい部屋の中で、生き物が持つ純粋な方の知的欲求を満たせずにいたのかもしれない。

 自分がどっぷり漬かってきた環境や価値観から離れ、知らなかった当たり前がある場所へ行けば、自ずと見るもの全てがものすごい量のインプットになる。アメーバのように一生懸命手を伸ばし、触って食べて、見たもの全てを目に焼き付けたいと思うようになる。その真っ只中で仕事をしたら、凡庸なアウトプットが変わってくるのではないか。これが、筆者が感じたワーケーションの意義だ。

ワーケーションのもう一つの意義は、地元の人との出会い

 ワーケーションが素晴らしかったのは、快く迎えてくださった地元の皆さんのおかげだ。松井和哉さんが営む「ツルイの小屋」をベースキャンプとして食事やバケーションをともにし、宿泊場所も提供していただいた。ワーケーションを忘れられない経験にしてくれるのは、仕事がはかどったとか、東京と同じように働けたとか、そういうことではなく、地元の方との出会いや交わした会話だと思った。

 筆者は、ネイチャーガイド・板真奈美さんのご自宅に泊めていただいた。板さんは釧路出身だが、学生の頃は地元の魅力が分からなかったそうだ。しかし、道外から遊びに訪れる友人たちを釧路湿原に案内するうち、その雄大さに魅了され、ネイチャーガイドになりたいという夢が芽生えたという。今では釧路・鶴居村の魅力を最も語れるうちの一人だ。

 朝は、板さん特製のワンプレート朝食を庭で一緒に食べた。野菜も卵も鶴居村産。放飼いの鶏の卵は格別で、のびのびした生き方が味にも表れるのかなと思った。