彼は当時を振り返り、「私は、記事の指摘する石油や天然ガスが過剰にあるがゆえに貧困に陥るという、直感とは相いれない概念に強く惹きつけられ、関心を持った」と言う。そして、読めば読むほど、「これはジャージーそのものではないか! 互いに不可思議と思えるほど相似形だ」との思いを強くした。
そして彼はもっと重大な点に気づいていた。それは、金融に依存しているジャージーだけがアンゴラ同様、資源の呪いに苦しんでいたのではなく、イギリスも同じように苦しんでいたということである(ジャージー島タックスヘイブンで目にした無節操な金銭欲の実態に驚愕したクリステンセンは、2003年に退職した後、タックスヘイブンの廃止に向けて闘うことを目指す組織、タックス・ジャスティス・ネットワークの設立に貢献・寄与した)。
イギリスとアンゴラの共通点は、どちらも大きな経済セクターが幅を利かせ、牛耳っているということだ。アンゴラの場合は石油であり、イギリスは金融である。その規模を把握するには、数字で比較するのがわかりやすい。
1970年以前の1世紀ほどを見ると、イギリスのGDPのおよそ半分を銀行の資産が占めていたが、その後金融化の到来とともにその率が急上昇し始める。
金融危機が世界を襲うことになる直前の2006年までには、イギリスの銀行の資産はGDPの500%に達し、それ以降ほとんど変動していない。これは欧州平均の倍であり、アメリカの4~5倍である。さらにこれを、銀行のみならず保険会社や他の金融関連機関の保有する金融資産にまで広げれば、GDPの10倍をはるかに超える額になる。
アンゴラをはじめ、石油資源に恵まれ、それに大きく依存するアフリカ西海岸諸国を取材していくうちに、石油産業分野によって国内経済の他の分野の活力が吸い上げられ枯渇していくのを目の当たりにした。高等教育を受けた優秀な人材が工業、農業、政府、公共団体、メディアからどんどん引き抜かれ、高給が保証された石油関連の仕事に吸い寄せられていった。
また、あえて政府機関に残った優秀な人材でさえ、石油産業によって国の発展の望みが絶たれたことに失望し、政治がオイル・マネーに擦り寄るための腐敗と権力闘争のゲームにすぎなくなった現状に落胆し、国の難題を解決する意欲を失っていく。
ロンドンのシティでも、イギリスの優秀な頭脳に関して、これに酷似した現象が現れていた。
イギリスの政治家連中も同様に、派手なプライベート・エクイティの大物たちや、銀行の経営者、会計士、財テク企業のCEOに取り込まれている。「金融業界は、天才的なロケット科学者を、宇宙衛星関連産業と競り合って吸い上げていってしまう」とは、金融の台頭と経済成長に関する研究発表をした有名な学術研究者たちの言葉である。
「結果として、違う時代に生まれたならば科学者としての道に進み、がんの撲滅や火星への有人飛行という夢に向かって人生を捧げたかもしれない若者が、今やヘッジファンド・マネジャーになることを夢見ているのだ」
政治の世界からも、金融の専門知識を持つ優秀な人材が高収入をうたう金融業界へと流れ、結果としてイギリスでは無能な首相が続いている。有能な首相候補の多くがヘッジファンドに流れ、カネにまみれて持てる才能を生かしきれていない現実がある。そのような政治における焦点の大きなぶれが、本来であればバランスのとれた国内の発展を阻害し、さらなる悪循環を招いている。