多くの会社の上層部は
「研修だけで人が育つ」と思っている
―― 若い人がやる気を感じられる環境づくりや人材育成について『若手育成の教科書』では「抜擢の大切さ」を繰り返し語っています。なぜ、それほど抜擢が大事なのでしょうか。
一言で言えば、若手の抜擢をすると組織の成果が上がるから。そこに尽きるんです。そういう意味では、どんな組織でも「なぜ抜擢をしないんですか」という話なんです。
今、どんな組織でも、採用はものすごくたいへんでしょうし、現場の人数を増やすこともできず、販管費もそんなに増やせるわけじゃない。
そんな状況で成果を上げなければいけないのですから、今いる人たち、特に若い人たちのパフォーマンスをフルに発揮してもらって、活躍してもらうことが必要です。
だからこそ、若い人をどんどん抜擢して、早く成長してもらう。どんな組織でも必要なことだと感じます。
―― 曽山さんの話を聞いていると、どんな組織でも「抜擢すればいいのに」とシンプルに思ってしまうのですが、それが「できる会社」と「できない会社」は何が違うんでしょうか。
根本のところから言うと、「人がなぜ育つのか」の理解が違うのだと感じます。
多くの会社の上層部の人たちは「研修だけやれば人が育つ」と思っています。だから、研修をやるんですよね。
もちろん、研修に意味がないとは言いませんが、「研修だけやったら人は育つのか」と問われたら、答えは「ノー」ですよね。
研修をやって、みんながすごい人材になったり、すごいリーダー、すごい社長になれるかと言えば、参考になる点や勉強になる点はあっても、研修だけでそうはならないと思うんです。
よく「組織にもっとリーダーを増やしたい」と悩んでいる経営者から話を聞くんですが、リーダーを増やしたいなら、単純に、多くの人にリーダーをやらせるべきです。
これは神戸大学名誉教授の金井壽宏先生に教えてもらった言葉ですが、「社長を増やしたいなら、社長をやらせるしかない」です。
たとえば、若手を抜擢したら、その人は絶対に何かしら成長すると思うんです。
うまくいけば、その体験によってどんどん成長していくでしょうし、うまくいかなくても、そこからの学びはあります。失敗が必ず次につながるはずです。
その経験は早ければ、早いほどいい。そう私は思っています。
もちろん、業務によっては相応の経験が必要な部分もあります。でも、リーダーやマネジャーに抜擢するにあたって「40歳になったら、やらせよう」「20代はまだ早い」ということは、原則ないと私は思います。
サッカーだって、野球だって、みんな若い頃からずっとやり続けていて、そのなかで成長しています。リーダーだって、社長だって、早いうちからやらせた方がいい。それが私の考えです。
チームで期待を伝え合う
『責任者宣言』システム
―― リーダーやマネジャーに若い人を抜擢する重要性は理解できますが、そもそも若い人にポストを与える権限がなかったり、そのポストそのものがない場合も多いと思います。こういう場合はどうしたらいいでしょうか。
そこはとても重要なポイントで、「抜擢」と言うと、ものすごく大きく捉えて、アレルギー反応を示してしまうことが多いんですよ。
たしかに、重要ポストにつけたり、大きな責任や権限を与えるのも抜擢です。
しかし、もっと小さなところで抜擢することもできます。
抜擢というより「期待をかける」「期待し合う組織」と表現した方がわかりやすいかもしれません。
―― 「期待し合う組織」とはどういうことですか。
たとえば、私たちがやっている『責任者宣言』という方法があります。
自分が営業マネジャーで5人の部下がいるとします。マネジャーは、この5人を重要ポストにつけるような権限はありません。
この場合、まず自分を含めた6人のチームで、それぞれが「どんな強みを持っているか」「どんなことを楽しいと思うのか」をプレゼンし合います。
基本的に私は「楽しいと思うこと = 強み」だと捉えているので、プレゼンや対話によってメンバー自身が感じている思いや強みを共有することができます。
そして、チームにはそもそも「月の売上1億円」という目標があったとします。
このとき「月の目標を達成するために、どんな役割が必要で、どんな責任者がいれば、目標達成に近づくか」をみんなで考えていきます。
「お客様の情報を集める責任者がいた方がいいんじゃないか」
「競合の分析責任者がいた方がいいと思う」
「チームを盛り上げる『あいさつ責任者』がいてもいい」
「最新のニュースを分析する人がいてくれると助かる」
など何でも構いません。
そうやって「チームに必要な責任者」を出し合ったら、次は「それぞれのメンバーにどの責任者になってもらったらいいだろうか」を一週間後までに、メンバー全員に考えてきてもらいます。
一週間後、理由を含めてその割り振りを発表してもらいます。
Aには○○責任者
Bには△△責任者
という6人分の責任者としての担当が割り振られるわけです。
メンバーにしてみれば、自分以外の5人から、自分の強みや思いを踏まえて「あなたは○○責任者になるのがいいと思う」と言われるわけです。
まさに「自分への期待」が伝えられる瞬間ですし、これこそ「お互いに期待し合う組織」です。
このやりとりをしていると、チームのメンバーが「自分のこんな部分を評価してくれているんだ」とか「こんなところを見てくれていたんだ」と感じられるので、ものすごく嬉しいことですし、モチベーションも上がります。
結果として「○○責任者」の割当てがバラバラになってもいいんです。
それをチーム内で話し合い「目標を達成するための○○責任者」をそれぞれに決めていく。
それが『責任者宣言』です。
何も「プロジェクトマネジャー」とか「チームリーダー」「課長」「主任」という肩書でなくても、組織に必要な役割をみんなで考え、その責任者に抜擢すれば、十分に期待を伝えることができます。
もちろん、既存の役職にどんどん若い人を登用し、抜擢することも大事だと思っています。
でも、それが難しい組織でも「期待をかけること」はできます。
そういうことを上手にやっている組織やリーダーの下では、若い人がイキイキと働いていますし、実際に成長も早いものです。
★連載第1回 20代が「ここで働きたい!」と思う会社が大切にする、今の若者の「損得勘定」とは?
曽山哲人(そやま・てつひと)
株式会社サイバーエージェント 常務執行役員CHO
1974年神奈川県横浜市生まれ。上智大学文学部英文学科卒業。1998年伊勢丹に入社、紳士服部門配属とともに通販サイト立ち上げに参加。1999年、社員数が20人程度だったサイバーエージェントにインターネット広告の営業担当として入社し、後に営業部門統括に就任。2005年に人事本部設立とともに人事本部長に就任。2008年から取締役を6年務め、2014年より執行役員、2016年から取締役に再任。2020年より現職。著書は『強みを活かす』(PHPビジネス新書)、『サイバーエージェント流 成長するしかけ』(日本実業出版社)、『クリエイティブ人事』(光文社新書、共著)等。ビジネス系ユーチューバー「ソヤマン」として情報発信もしている。
2005年の人事本部長就任より10年で20以上の新しい人事制度や仕組みを導入、のべ3000人以上の採用に関わり、300人以上の管理職育成に携わる。毎年1000人の社員とリアルおよびリモートでの交流をおこない、10年で3500人以上の学生とマンツーマンで対話するなど、若手との接点も多い。