ロングセラー書籍『コンテナ物語--世界を変えたのは「箱」の発明だった』(日経BP社)の著者マルク・レヴィンソンに、その最新刊『物流の世界史--グローバル化の主役は、どのように「モノ」から「情報」になったか?』刊行に寄せて、本書でもっとも訴えたかったことを日本読者に向けてまとめてもらった。(翻訳:田辺希久子)

1956年4月26日、軍事用から転用されたオイルタンカー「アイデアルX」号が、58個のアルミコンテナを積んでニュージャージー州ニューアーク港を出発した。テキサス州ヒューストンが終点となるこの航海は、コンテナという新たな業態を誕生させ、世界経済を一変させることになった。

ビル・ゲイツが激賞した『コンテナ物語--世界を変えたのは「箱」の発明だった』の後、世界はどのように変わってきているか?マルク・レヴィンソン
著名な経済学者であり、ジャーナリスト、歴史家。『ハーバード・ビジネス・レビュー』『ニューヨーク・タイムズ』『フォーリン・アフェアーズ』などに寄稿している。複雑な経済・財政問題を、一般市民にもわかりやすく解説することに定評がある。著書に『コンテナ物語--世界を変えたのは「箱」の発明だった』(日経BP社)、『例外時代』(みすず書房)など、最新刊『物流の世界史--グローバル化の主役は、どのように「モノ」から「情報」になったか』(田辺希久子訳)が2022年2月16日発売。

今日では5300隻を超えるコンテナ船が世界中の海を行き来している。コンテナ船は定期運航が基本で、例えば毎週土曜の名古屋便であれば、毎回、同程度の大きさの船が運航し、8日後にシンガポール、3週間後にロッテルダムに到着し、そこからさらにバージ船や貨物列車への接続がある。これならメーカーや小売業者も、時間管理の厳しい長距離サプライチェーンを安心して構築することができる。もしコンテナ船がなかったら、国際貿易がこれほど拡大することもなかっただろうし、中国が世界の大国になることもなかっただろう。

かつて製造業はもっぱら富裕国に集中し、貧しい国は富裕国の工場に原材料を提供したり、完成品を輸入したりするだけだった。ところが1980年代後半になるとコンテナ輸送によって運賃が低下し、通信コストがただ同然となり、コンピュータも進化したことから、メーカーや小売業者がそれとは違う戦略を取れるようになった。つまりA国で化学品を買い、B国でプラスチックを生成し、C国で部品に成形し、D国で完成品を組み立てるといった流れを、すべて自前で遠隔操作できるようになったのだ。

こうした変化をさらに促した要因が二つあった。ひとつは中国やタイの工場労働者と、日本のような富裕国の労働者との間に大きな賃金格差があったこと。そしてもうひとつは「規模の経済」である。製品の供給先が特定の国でなく全世界に広がれば、製品を絞り込み、少品種・大量生産によって単位あたりのコストを下げられるからだ。

変化の立役者となったコンテナ船は、年を追うごとに大型化していった。現在就航している最大のものは積載量が長距離トラック1万2千台分と、最初のコンテナ船「アイデアルX」の約250倍にも達する。巨大化の理由は単純で、大きな船は小さな船よりコンテナあたりの建造コスト・運航コストが安くなるからだ。

だが、こうした「規模」の追求は、大きな負の側面もはらんでいた。コンテナ船の大型化によって便数が減れば、出荷のタイミングが重要な輸出品を満載したコンテナが港で待たされるケースも出てくる。コンテナの積み下ろしも以前より時間がかかるようになった。搬出入するコンテナの数そのものが増え、しかも巨大船の場合はクレーンでコンテナを岸壁に下ろすまでに余計な時間がかかる。コンテナの数が大量に増え、しかも1個あたりの搬出入時間が長いとなれば、平均寄港時間はこれまでより何時間、あるいは何日も延びてしまう。

従来のコンテナ船は航行中に遅れを取り戻すことができたが、それもできなくなった。新型船は燃料節約のため、それまでより低速で航行する設計になっていた。航行速度は時速24~25ノット(およそ時速46キロ)から17~18ノットに下がり、長距離航路ともなれば数日もの差につながる。2021年、コンテナ船の定時順守率は10便あたり4便にとどまり、運休も多数に上った。

巨大コンテナ船の登場は国際陸上輸送にも多大な影響を与えた。輸出入品を入れたコンテナがコンテナヤードに山と積まれるようになり、コンテナを探し出して船に積み込むにも、トラックゲートまで運ぶにも時間がかかるようになった。かつて船1隻の荷下しは1~2日で済んだのだが、現在では4~5日へと延びている。

このようにいつ遅延が起きるともしれない状況から、企業側はサプライチェーンへの影響に備えざるをえない。何十年来の常識からは考えられないことだが、リスク対策として在庫を増やしたり、輸送ルートを複線化したり、大工場での集中生産から工場分散へと舵を切る企業も出てきた。だがそうやって納期遅延のリスクを防いだとしても、今度は製造コストが高くなる。つまり、巨大コンテナ船のおかげで長距離サプライチェーンの魅力が薄れ、製造業のグローバル化を減速させる一因をつくったのである。