「人種・民族に関する問題は根深い…」。コロナ禍で起こった人種差別反対デモを見てそう感じた人が多かっただろう。差別や戦争、政治、経済など、実は世界で起こっている問題の“根っこ”には民族問題があることが多い。芸術や文化にも“民族”を扱ったものは非常に多く、もはやビジネスパーソンの必須教養と言ってもいいだろう。本連載では、世界96カ国で学んだ元外交官・山中俊之氏による著書、『ビジネスエリートの必須教養「世界の民族」超入門』(ダイヤモンド社)の内容から、多様性・SDGs時代の世界の常識をお伝えしていく。

「世界中から嫌われるロシア」にも、探せば“長所”はあるPhoto: Adobe Stock

ロシアの寛容さを示す歴史エピソード

 ロシアは、第二次世界大戦で中立条約を破って日本に攻めてきたことや、サイバー攻撃など、国際政治では「約束違反が多い」とされています。

 第二次世界大戦の約束違反、北方領土問題は、「ロシアが嫌いだ」という日本人が挙げる二大トピックといえます。

 共産主義だったことも「何をするかわからない政府だ」という悪印象を与えています。

 しかし、国としてはそうであっても、文化的・民族的に見れば、ロシア人はアジアを受け入れる土壌があります。

「ヨーロッパとアジアの中間」といわれるだけあって、ロシアとビジネスをしている私の友人知人も、「西ヨーロッパの人よりはロシア人のほうがつきあいやすい」と口を揃えます。

 日本贔屓のロシア人も多く存在します。これは私の仮説ですが、やはり西ヨーロッパにコンプレックスがあるために、「アジアだけど西ヨーロッパ並に経済発展した日本」に若干のシンパシーを感じているからではないでしょうか。

 ロシア人は民族的な偏見があまりなく、その象徴的なエピソードとして、私は江戸時代の漂流民の話がとても面白いと思っています。

 江戸時代、相当な数の日本の漁師が、漂流民としてロシア支配下の千島列島やカムチャッカに渡っています。

 鎖国している日本には帰国できないわけですが、漂着した日本人の多くはロシア人と結婚しており、その子孫もロシアにいます。せいぜい数十人かもしれませんが、歴史的な事実です。

 一方でアメリカに漂着したジョン万次郎は、厚遇されましたが、アメリカ人と結婚はしていない。異民族としてしか受け入れられなかったのです。

 これは一つの例にすぎませんが、私はロシア人のほうが、偏見を持たずに他民族を受け入れる寛容さがあると考えています。

 この点についてロシアの専門家に意見を求めたところ、「確かにそういう可能性はある」とのことでした。

 ロシアに漂着した日本人として有名なのは、大黒屋光太夫。

「ロシア正教に改宗してロシアに住むのは嫌だ。なんとか故郷に帰りたい」と主張した彼はエカチェリーナ2世に謁見を果たし、「かわいそうだから帰してやれ」と根室から日本に戻れたのです。

 もちろん野心あふれるエカチェリーナ2世は、単なる優しい女性ではありません。これを「日本と交易し、あわよくば侵略してしまいたい」という好機として捉えていたはずです。その点を差し引いても、ロシアの懐の深さは十分に汲み取れます。

 日本にとって、地政学的に無縁ではいられない大国ロシア。

 ビジネスパーソンは、表面的な悪評だけでなく、野暮なヨーロッパの田舎とされたゆえの「スラブ人の温かさ」を知っておくべきでしょう。