「より多く」「より速く」が判断基準
では、この「財務的視点」による意思決定をスピーディに行うためにはどうすればいいのでしょうか?
最も効果的なのは、社内に基準となるルールが整備されていることです。例えば、財務部門が「財務的視点」から事業の適正性をチェックする体制が整っていれば、その基準をクリアしているかどうかをチームで共有しておけば、意思決定もスピーディにできるのは明らかです(ただし、融通が効きづらいというデメリットもあります)。
このようなルールが整備されている会社であれば、管理職は財務部門と随時コミュニケーションを取りながら、「財務は、どういう角度でチェックしているのか?」「基準に変更はないか?」などの情報を得ておくことが大切です。その情報を随時、会議やミーティングの場でメンバーに伝えておけば、彼らも精度の高い提案をしやすくなるでしょう。
また、日頃のコミュニケーションによって、財務部門の信頼を得ておけば、個別の提案に対して、財務部門から“重箱の隅”をつつくようなチェックをされることも減らすことができるでしょう。その結果、財務部門からのリスポンスもスピーディになり、その事業に着手するタイミングを早めることもできるのです。
そのような社内ルールがない会社もあるでしょう。
その場合には、下図のように整理すると素早い意思決定が可能になります。
まず最低限のラインを明確にします。すなわち、「利益が1円でも出るのかどうか?」という判断基準です。当たり前のことですが、「1円の利益も出ない」のであれば、即座にNGと意思決定することができます。つまり、メンバーが提案書をつくる際には、この「最低限のライン」をクリアしている根拠を明示する必要があるということです。
もちろん、これは案件によって、また、部署によって判断は異なります。クレーム対応や設備改修などは、直接的に利益を生み出すわけではありませんが、将来的な利益に対して実施すべきことです。あるいは、管理部門やシステム部門などのコストセンターにおいても同様です。このような場合には、将来利益に対して適切な投資であることを明示する必要があるということです。
そして、第二のポイントは、「どちらがより多くの利益をもたらすのか?」という判断基準です。
これも当然のことですが、ある課題に対して複数の解決策が存在する場合には、「より多くの利益をもたらす解決策」を選択するわけです。だから、メンバーが提案書をつくる際には、「利益の大小」が一目でわかるように「A案B案」を提示する必要があります。
では、「A案B案」ともに同程度の利益が見込める場合には、どう考えればいいでしょうか?
そこで重要なのが、第三の判断基準である「スピード」です。つまり、より短期間で利益が出る選択肢を採用すべきであるということです。そのためにも、提案書には必ず「いつまでに実現できるのか」というスケジュールを明記するように、メンバーに徹底する必要があるのです。
「現場でうまく回るのか?」
という実現可能性
意思決定において絶対に押さえるべき第二のポイントは「実現可能性」です。
どんなにデータ上は効果が見込めるアイデアでも、現場でうまく回せないような提案では意味がありません。
例えば、小売店舗で大安売りをすれば、確実に集客を増やすことはできるでしょう。しかし、現場のオペレーションに無理があれば、必ず破綻します。その結果、予測していた集客増は“絵に描いた餅”となるだけではなく、顧客に迷惑をかけたり、現場のモチベーションを下げるなど、会社に大きな損害を与えかねません。
ですから、意思決定をする際には必ず、この「実現可能性」を確認する必要があります。
そのためには、まず、管理職が「この提案をすれば、社内の他部署にどのような影響があるか?」を考えることです。そして、提案してきたメンバーに、個別具体的な関係部署を示しながら、「彼らとコミュニケーションは取った?」「現場に足を運んで確認した?」などと必ず確認するのです。
経験の少ない若いメンバーの場合には、管理職が関係部署の担当者とアポイントを取って、メンバーと一緒に打ち合わせを行ったほうがいいでしょう。関係部署の意見を受け止めながら、必要であればアイデアに修正を加えたりすることによって、彼らの支持を取り付けていくプロセスを実際に見せるのです。
こうしたことは、口頭で伝えるだけではなかなか伝わりづらいものですから、何度か管理職が実際のプロセスを見せることが重要です。そして、こうしたプロセスの重要性を肌で感じることができれば、若いメンバーの社内での立ち回り方が上達することによって、管理職が社内トラブルの対応に追われるような事態も減らすことができるのです。
「実現可能性」でもう一つ注意すべきことがあります。
利益率を向上させるためにコスト削減を提案するのは、財務的視点からは有意義なことですが、そのために社員に過重な負担をかける結果を招くことがあります。社内リソースだからといって、社員に皺寄せをするようなことをすれば、早晩、社員が疲弊し、不満が蓄積することによって、組織が機能不全に陥ることになるでしょう。
つまり、そのような提案は、長期的な視点で「実現可能性」に欠けているということ。コスト削減は比較的容易にできるものですが、その結果、組織に深刻な悪影響を及ぼすことがないかという視点を管理職は決して失ってはならないのです。