イスラームカルチャーは現代社会の基礎教養
マイノリティーがフィクションで活躍するのは、考えてみればごく普通のことだ。現実に多様な人が存在する以上、フィクションにも多様な人が登場するのが当たり前であり、むしろこれまで不可視化されてきたことの方が変だ。この記事で、近畿大学の坂下康紀氏がマーベル映画について面白い分析をしている。MCUに登場するヒーローの人種構成を分析すると、米国社会の現実の人種構成にほぼ一致したというのだ。現実のマイノリティーに注目し、フィクションに反映させることは、現実をありのままに理解するためにも非常に重要だ。
こうした表現でエンパワーされるのは当事者だけではない。米国におけるムスリムに限らず、さまざまな理由でマイノリティーとして自分の置かれた状況に悩んでいる人は多い。マイノリティーに寄り添う表現は、こうした全ての人に刺さり、大きなマーケットを獲得できる可能性があるのだ。SDGs時代のビジネスモデルとして非常に示唆に富んだ事例といえないだろうか。
本作を推したい第2の理由は、米国の都市部に暮らすムスリムの生活が生き生きと描かれていることである。彼らがどんな家族と、どんな家で、どんなふうに暮らしているか。宗教的に何を大切にしているのか。そして、何の問題もなく共生しているかに見える社会にどんな偏見と差別が潜んでいるか――。10代のムスリムの日常を通じてこれらが実に自然に描かれているのだ。
「ムスリム」とひと口にいっても、宗教への向き合い方から暮らし方まで実に多様で、容易にステレオタイプ化できないことは言うまでもない。その複雑さの一端を、フィクションを通じて理解できることの意味は大きい。何といってもムスリムは世界に約16億人。ビジネスパートナーとしても、マーケットとしても非常に大きな意味を持つ。グローバルなビジネスに関わる多くのビジネスパーソンにとって『ミズ・マーベル』は、イスラームカルチャーを理解するための格好の入り口になるはずだ。
と、ここまでいろいろと語ったが、もちろん一読者としては「面白い!」というのが最大の魅力である。そもそも筆者がアメコミに興味を持ったのは子どもの頃。『スパイダーマン』のコミックスを読み、日本の漫画とひと味違う表現に驚いたのが始まりだ。アメコミに触れたことのない方も多いだろうが、ぜひこの機会に手に取ってみてほしいと思う。
そして、やはりビジネスパーソンの方々には、ビジネス的、社会的な視点を重ね合わせてさらに深く味わってほしいというのが筆者の願いだ。とりわけMCUの作品群には、米国社会が抱える課題、目指す理想や未来、科学技術の捉え方、ビジネスや政治のスタイルなどさまざまなものが詰まっている。現在進行形で拡張しつつあるこのユニバースを、ぜひそんな視点から注視してほしい。
『ミズ・マーベル』は22年中の実写ドラマ配信が予定されているほか、23年公開予定の映画『ザ・マーベルズ』でのミズ・マーベル登場も発表されている。この画期的なヒーローは、MCUにどんな変化をもたらしてくれるだろうか。筆者も大きな期待とともに見守りたいと思う。