「資本コスト」「コーポレートガバナンス改革」「ROIC」といった言葉を新聞で見ない日は少ない。伊藤レポートやコーポレートガバナンス・コード発表以来、企業には「資本コスト」を強く意識した経営が求められている。では、具体的に何をすればいいのか。どの経営指標を採用し、どのように設定のロジックを公表すれば、株主や従業員が納得してくれるのだろうか?
そこで役立つのが『企業価値向上のための経営指標大全』だ。「ニトリ驚異の『ROA15%』の源泉は『仕入原価』にあり」「M&Aを繰り返すリクルートがEBITDAを採用すると都合がいいのはなぜか?」といった生きたケーススタディを用いながら、無数の経営指標の根幹をなす主要指標10を網羅的に解説している。すでに役員向け研修教材として続々採用が決まっている。
そんな『経営指標大全』から、その一部を特別に公開する。

ソフトバンクがかつて重視した経営指標「EBITDA」の役割Tada Images - stock.adobe.com

EBITDAは先行投資を積極果敢に進める宣言

 EBITDA(支払利息控除前・税金控除前・減価償却費控除前の利益)を経営指標として掲げるソニーグループ、ヒューリック、そしてリクルートホールディングス3社の共通点は一体何であろうか。それは、設備投資やM&A、ソフトウェアなどへの巨額の投資を直近に行ったということだけではない。

 むしろ、これからさらなる先行投資を積極果敢に行うことによって、成長戦略をまい進することの宣言であると解釈すべきである。

 ソフトバンク(現ソフトバンクグループ)社長の孫正義氏は、米スプリントの買収によって巨額に膨らんだ有利子負債に対する批判的な意見について、2014年3月期第3四半期の決算説明会において、以下のように語っていた(*1)。

 もちろん借り入れは増えました。ただボーダフォン・ジャパンを買収したときには、EBITDAに対して6.2倍の借り入れを行ったわけですけども、今回は約半分の3.5倍で済んでいるということであります。もちろんここから前回のように急速にこの指数を改善していきたいというふうに思っているわけでございます。
 つまり借り入れというのは絶対額が大事なんではなくて、その借り入れが仮に1億円であったとしても、10億円であったとしても、それを返済する財源が無ければ意味がないということになりますね。つまり返済するキャッシュフロー、返済するEBITDA、これに対して何倍までの借り入れが適切な借入か、しかもそれが伸び行くEBITDAであれば、より指数の改善は早くやってくるということで、我々は常にそのバランスを見ながら買収だとか事業の運営を行っているというふうに考えております。

 有利子負債が問題なのではない。調達した有利子負債を使って投資した資産(米スプリント)が、十分な稼ぐ力を持っているかが問題なのだ。

 これを実証するのが、有利子負債と、現有資産の稼ぐ力を表すEBITDAを比較する経営指標である。その数値が一定水準以下に収まっていれば、経営者も、債権者も、そして株主もまた、皆が満足する成長戦略が遂行されていることを実証するのである。

 翻って、ソフトバンク・ビジョン・ファンドをはじめとする複数の巨額投資ファンドを組成する一方、米スプリントを売却し、英アームの売却を決定したことで、ソフトバンクグループは事業会社から投資会社へと変貌を遂げた。現在のソフトバンクグループにおいては、孫氏はもはやEBITDAを経営指標としては一切語らない。

 代わりに重視する経営指標は、投資会社として保有する株式価値の総和である。株式価値が十分に有利子負債を上回っているかは重要な指標となるが、事業会社ではない以上、EBITDAと有利子負債を比較することはもはやあまり意味をなさないだろう。

 参考までにソフトバンクグループにあるZホールディングスは、2021年3月に行われた「LINE株式会社との経営統合に関する戦略方針説明会」において、「会計影響の排除、戦略投資効果も勘案した評価へと移行するため営業利益からEBITDAベースへ経営指標を変更」と宣言している(*2)。

EBITDAを売上高、有利子負債、企業価値と比較する意義とは

 EBITDAは売上高、有利子負債、そして企業価値(株式時価総額+純有利子負債)の3つとの間で、頻繁に比較される。EBITDAは現有する資産の稼ぐ力なのだから、売上高から効率的に稼げているか、有利子負債に見合った稼ぎ力か、そして株主までを含めた企業価値に見合った稼ぎ力かを判断するために、たいへん重宝する指標である。

 自社のEV(株式時価総額+純有利子負債)/EBITDAの値を株式市場が一定値で見ているとすれば、株価が低迷するのは、分母の稼ぐ力(EBITDA)が弱いのか、分子の純有利子負債がEBITDAに対して過剰かのどちらかということになる。株価を上げるのは、もっと稼ぐことか、稼げないなら過剰な借り入れをしないことかのどちらかしかないということに帰結する。

 EBITDAやEBITDAマージンは、本業にフォーカスした収益性を表し、P/Lのみへの着目で算出できる簡易な指標である。ただしその弊害として、運転資金や固定資産といったB/S勘定を直接的には考慮しない指標であることも忘れてはならない。いかにEBITDAが成長し、EBITDAマージンが優れていても、それを否定するに十分な巨額の投下資本が投資されていては、投資家たちは必ずしも幸せには思わないであろう。

 この点においても、有利子負債や企業価値に対してEBITDAを評価することによって、P/LとB/Sの両者に目を向けたバランスの良い経営指標としてEBITDAは力を発揮するのである。

参考文献
*1「2014年3月期 第3四半期 決算説明会」ソフトバンクグループウェブサイト
*2 Zホールディングス「LINE株式会社との経営統合に関する戦略方針説明会」2021年3月1日

(本稿は、『企業価値向上のための経営指標大全』から一部を抜粋・編集したものです)