報道番組で「速報です」という言葉を使わない理由
──そう感じたきっかけのような出来事はあったのでしょうか。
井上:メジャーリーグ・エンゼルスの大谷翔平選手の活躍を見て、影響されたところはありました。私がずっと野球をやってきたということもあって、いままでの概念や固定観念をすべて壊していく姿に、ものすごく感化されたんです。ああ、かっこいいなあ、と思って。
今回の著書にも書きましたが、私はテレビがもともと好きじゃなくて、興味本位でアナウンサーの採用試験にエントリーしてしまったタイプなんです。むしろ、テレビやテレビ業界に漂う空気感を毛嫌いしているところもありました。
テレビ業界は、自分たちが世の中を動かしていると勘違いしている人の集団だという偏見があったんです(笑)。
──(笑)。
井上:だからこそテレビ、特に自分が関わっている報道・情報番組の存在意義を自問自答し続けていきたい。テレビ局の内側からテレビを変えたいとは、以前から考えていました。局アナの立場としてできることをやろう、と。その思いが、大谷選手の活躍を見ていたことによって、さらに強くなりました。
加えて、コロナ禍だったことも大きいですね。不安を抱えている視聴者のみなさんに対して、どんな言葉を使うべきだろうと、毎日カメラの前に立ちながら、考え続けていました。それで、少しずつ行動を変えてきた。昨年の2021年は、私にとっても、大きな変化がありました。
──2022年4月には、コロナ禍でのアナウンサーとしての姿勢が評価され、「第30回橋田賞」を受賞されましたよね。
井上:いや、本当にありがたいですよね。でも、やっぱり常々思うんです。アナウンサーとして大事なのは、「うまく話す」ことじゃないな、と。セールスでもプレゼンでも、同じだと思います。自分では何かを伝えているつもりでも、相手に伝わらなければ意味がない。「話す」ことはあくまでも手段であって、目的ではない。重要なのは、「伝える」ことではなく、相手に「伝わる」かどうかなんです。
コミュニケーションは、相手に「伝わる」ことで成立します。どんなに泥臭くても不器用でも、伝わったもの勝ちだし、その本質を見誤っちゃいけないなと。必要な努力があるとすれば、「伝える努力」よりも「伝わる努力」ですよね。
──特に意識していたことはありましたか。
井上:本当にいろいろありますね。
・煽らない
・主観で話さない
・主語を大きくしない
・客観的な数字に基づいて話す
・情報を詰め込みすぎず、伝えたいことは一つに絞る
などなど、ここではお話ししきれませんが、いろいろとあります。詳しくは著書『伝わるチカラ』を読んでいただけたら嬉しいですが、いずれにせよ、「嘘をつかない」「誠実でいる」という姿勢が何よりも大切じゃないかなと。
──たしかに、「伝えよう」と思うと、つい煽り文句や誇張表現を使いたくなってしまいますが、相手の心にはなかなか響かないですよね……。
井上:たとえば、私が司会を務めている『Nスタ』では、「速報です」「最新のニュースです」という言葉は使わないようにしています。現在のテレビは、速報性でネットのニュースサイトやTwitterなどのSNSに勝つことはできません。それなのに、注目してもらいたいからといって「速報」という言葉を安易に使うのは、不誠実じゃないのか、と思うのです。
コロナ禍での報道もそうでした。不要不急の外出自粛を求められているときに、ビルの上などに設置しているライブカメラの映像を出して、「人手が多いですね」「先週より増えているようです」といったコメントを出すことがありましたよね。
あれも、テレビ的に「人手が多い」ように見せたいからといって、俯瞰の映像ではなく、あえて被写体をアップで見せようと、寄りの映像を出すことがあるんです。それもなんだかアンフェアだなあと思い、『Nスタ』では、カメラマンさんに「なるべく寄らないで、ドン引き(限界までレンズを引く)で」とお願いしています。
そもそも街を歩いている全員が、不要不急の外出をしているとも限りません。やむを得ず仕事に行かなければならない人もいるはずです。それなのに、あえて自粛していないように見せる情報を流し、わざわざ視聴者をイライラさせるのは不毛じゃないかと思うんです。
──先がどうなるか見えず、不安な中で、誠実に情報を伝えてくれる姿に、励まされた人も多いと思います。
井上:そのとき、私は正直に、「おそらく街を歩いている人の中には、出勤せざるを得ない人もいらっしゃることでしょう。会社からリモートワークが許されず、仕方なく外に出ている人もいるはず。何より、私自身がこうやって出勤しているわけです。私自身も人手をつくっています。テレビをご覧の皆さんには、ストレスになる映像かもしれません」と、コメントしました。
「伝わる」ためには、「決めつけで話さない」というのは本当に重要です。
本気で伝えたいのなら、嘘はつかず、誠実であることが一番なのです。