相手も自分も心地いいコミュニケーションをするために、「言葉の使い方」はとても重要だろう。言葉一つで、前向きな気持ちや幸せな気持ちになれるし、その逆も然りだ。このたび、さまざまなシーンごとにすてきな言い方を紹介する『いつもの言葉があか抜ける オトナ女子のすてきな語彙力帳』が刊行された。著者は7万人を超える人にコミュニケーションを伝えてきた吉井奈々氏だ。吉井氏は全国で講演をするほか、発信しているYouTubeの映像は1日10万時間以上再生され、総再生回数は900万回を超すコミュニケーションYouTuberでもある。
今回は、本書の発売を記念し、特別インタビューを実施。第5回は「相談されたときの返し方」や「グチや悪口への返し方」について聞いた。(取材・構成:小川晶子 写真:疋田千里)
相手の悩みを解決しようとしなくていい
──吉井さんは恋愛相談、人生相談などを受けることが多いそうですね。
吉井奈々(以下、吉井):水商売をしていたから、お客様から相談されることは多かったです。キャバクラやホストクラブなら愛情欲求を満たすために行くでしょうが、私がいたのはオカマバー。お客様は「楽しみたい」か「相談したい」気持ちがあって来てくれることが多いんですね。オネエって相談しやすいんだと思います。
──相談しやすい人、相談しにくい人っていますよね。悩みを相談されたとき、相手を傷つけず、力になるにはどうやって返すのがいいのでしょうか。
吉井:前提として、みんな悩み相談のプロじゃないですから、解決してあげようと思わなくていいんです。悩みを吐き出させてあげることができただけで、価値があるんですよ。誰にも言えずに鬱々としているより、人に話せればラクになりますよね。「それは大変だったね」「悲しかったよね」というように聞いてあげることです。
相手が落ち込んでいるとき、励ますつもりで「大丈夫だよ、頑張って」「あなたならできるよ」というのはよくないケースもあります。むしろ、落ち込んでいいんだよ、泣いてもいいんだよ、と言ってあげるほうがいいケースもあるんです。
弱いところをさらけ出すって勇気がいりますよね。勇気を出して相談したのに、「そんなことないよ」「こう考えてみなよ」なんて言われたら拒絶された感じがしてしまうかもしれません。相手は常にポジティブになりたいわけじゃありません。ネガティブな感情を吐き出せる安心な場所を作ってあげることが優しさだと思います。
「あなただったらどうする? 私ももっと頑張りたいんだけど、何をしたらいいと思う?」というように具体的に聞かれたときにだけ、アドバイスをしてあげればいいと思いますよ。
──失恋や離婚をした人に対しては、どんなふうに言葉をかけてあげるのがいいでしょうか?
吉井:「失恋や離婚=不幸」と決めつけないことが大事です。「えっ、シングルマザーになっちゃったの?子育て大丈夫?お金大丈夫?」というのは失礼だと思うんですよね。いろいろなことがあって決断したのだし、大変なことを乗り越えてこれから必ず幸せになるんだと信じてあげることです。「それは大変だったね」「辛かったよね」と話を聞いて、本人の幸せを信じる。
それから、絶対にやっちゃいけないのが「別れたから言うけど、あなたの元彼、こういうところが嫌だと思ってたのよね」「別れたほうがいいって思ってたんだよね」とあなたが相手の元パートナーのことを悪く言うこと。たとえ相談者が別れた相手のことを悪く言っていても、それに乗っかられると「いやいや、私が彼のことを言うのと、あなたが言うのは違うと思うわ!」と二人の友情にヒビが入ってしまいます。
グチを感じよくかわせるひと言とは
──相手の話に乗っかった「盛り上がり注意」のものにはグチや悪口があると思います。グチが多い人に対する返し方を教えてもらえないでしょうか。
吉井:大切な人のグチだったら、いくらでも聞いてあげたらいいと思いますが、同僚やママ友のような関係でグチをたくさん聞かされるっていうのが一番厄介ですよね。そういうときは「そうなんだ」「大変だね」をひたすら繰り返します。グチが言いたい人のガス抜きに付き合いすぎない。乗っからない。話を広げようとしないでいいんです。
大事なのは、「あなたのグチを聞いたから、今度は私の番ね」というようにこちらからグチを言わないこと。グチ大会になります。グチを言い合う関係は、気持ちのいい関係じゃないですよね。それに、身内のグチや他人のグチを気軽に言う人は口が軽い方が多いんです。あなたが話したグチの内容を他の人に「あの人、彼氏とうまくいってないらしいよ」とか気軽に人に言ってしまう危険性があるので注意しましょう。
自分がグチを言いたいとき、私はネイルサロンや美容院などで話を聞いてもらいます。ネイリストさんも美容師さんも、話を聞くのが上手だし、お客さんの個人情報を他にもらすことは基本的に禁止。時間で区切られるのもいいところで、「それは大変でしたね。では、シャンプー台へどうぞ」と切り替えられるのでエスカレートしないんです。そのうえ、髪やネイルがきれいになるわけだから、気持ちがポジティブになります。
──悩み相談の中で「あの上司が本当にイヤなヤツで、この間セクハラっぽいことを言われて…」というように、一歩間違うと相手の悪口に向かっていくようなケースもあると思います。そういう場合はどう返すのがいいでしょうか。
吉井:「その上司、最悪だね!キモイよね」などと乗っかるのはよくありません。かといって、悪口をおさえるべく「でも、あの上司もこんないいところあるよ」と否定すると、相談者は気持ちが晴れません。悪口を言いたいモードの人だと、否定したせいで今度は自分がターゲットにされるかもしれないので気を付けて。
悪口になりそうな相談があったときは主語を抜きましょう。「その上司が」というのを外して、「そう言われるのはイヤだよね」「その言い方は傷つくよね」と話し手の感情のほうにフォーカスします。そうすれば、悪口で盛り上がることもありません。
一般社団法人JCMA代表理事、コミュニケーション講師
企業や教育機関でコミュニケーション講師として活躍。15年間にわたって約7万人に「心を大事にするコミュニケーション」を伝えている。
出生時に割りあてられた性別は男性だったが、性別適合手術を受けて戸籍を女性に変更し、現在は男性と結婚。自身の生き方と経験から、さまざまな立場の人の気持ちを汲んだコミュニケーションが得意。
日本郵政や法務省、日本コカ・コーラ、日産自動車、日本アイ・ビー・エムなど多くの省庁や企業で講演や研修を担当。現場で使えるコミュニケーションスキルやマネジメントの考え方は再現性が高いと評判で、大手コンビニチェーンでの講演は「また来年も聞きたい講演会ナンバーワン」に選ばれる。著書に『オトナ女子のすてきな語彙力帳』など。