「自分らしさ」を難しく考える必要はない
――canの方向性と「自分らしさ」の見つけ方は関連するのですか。
前田:「自分らしさ」は本当に難しいですよね。「自分らしさ」というと、自分が新卒1年目のころを思い出します。僕はUBSに入ってすぐのころは、ホチキス職人か、というくらい、毎日ものすごい量の資料をホチキス留めしていました(笑)。小さいものから大きいものまで、いろいろなサイズのホチキスも持っていました。特に、証券会社は分析資料やレポートもたくさん扱うので、分厚い資料を綴じなければならないことが多く、それぞれに厚さに対応したホチキスが重宝します。
何を言ってるのという感じかもしれませんが、入社したての僕は、当たり前ですがまったく株の知識もなく、お客さまに対して貢献できることもまったくない状態でしたので、分厚い資料にも素早くホチキス対応できる事が、最初の価値でした(笑)。
大袈裟ではなく、資料配布の速さや量で、最初のブランディングができたと思っています。先輩たちからも、「資料ありがとう」と言われる事が増えていきます。こんな事なのに、自分に自信がついてきます。ホチキスがもたらした自信です。
平尾丈(以下、平尾):オンリーワンのcanですね。
前田:でもよく考えたら、分厚い資料を留められるのは、僕の技術ではなく、ホチキスメーカーの方が素晴らしいホチキスを作っているからであり、そちらに感謝しなければならないですけど(笑)。ここで僕が言いたいのは、あまり自分らしさを難しく考える必要はないのかな、ということです。
僕は当時、「ホチキス留めが速いのが自分らしさだ」とすら考えていたと思います。それぐらいでいいのです。「あなたの自分らしさは何ですか」と問われると、立ち止まってしまうと思います。「人に勝てるようなものなんてないよ」と思ってしまうでしょう。自分らしさや原体験をベースにして事業を生み出せたほうが理想でありますが、大半がそうではない。もっと些細な、一見とるに足らないようなことでもいいと思うんです。
平尾:たしかに。「小さなきっかけ」が大事ですね。
前田:Airbnbだって、元々、創業者がその月の家賃が払えないから焦り、土日に友だちに貸したら家賃が払えるんじゃないかというところからビジネスモデルが始まったわけですよね。原体験ではあっても、そこに自分らしさや崇高なビジョンがあったわけではない。
そのような痛みから始まる事業が本当に人に必要とされていって、「自分らしさ」を形成していくんだと思います。初期の自分らしさは、なんだっていい。
そもそも、「自分らしさ」という言葉のニュアンスが、たいそうな自分らしさを描かなければならないような気がするのが悪いですよね。
平尾:そうかもしれません。自分らしさには完璧なんてないということですね。
株式会社じげん代表取締役社長執行役員 CEO
1982年生まれ。2005年慶應義塾大学環境情報学部卒業。東京都中小企業振興公社主催、学生起業家選手権で優秀賞受賞。大学在学中に2社を創業し、1社を経営したまま、2005年リクルート入社。新人として参加した新規事業コンテストNew RINGで複数入賞。インターネットマーケティング局にて、New Value Creationを受賞。
2006年じげんの前身となる企業を設立し、23歳で取締役となる。25歳で代表取締役社長に就任、27歳でMBOを経て独立。2013年30歳で東証マザーズ上場、2018年には35歳で東証一部へ市場変更。創業以来、12期連続で増収増益を達成。2021年3月期の連結売上高は125億円、従業員数は700名を超える。
2011年孫正義後継者選定プログラム:ソフトバンクアカデミア外部1期生に抜擢。2011年より9年連続で「日本テクノロジーFast50」にランキング(国内最多)。2012年より8年連続で日本における「働きがいのある会社」(Great Place to Work Institute Japan)にランキング。2013年「EY Entrepreneur Of the Year 2013 Japan」チャレンジングスピリット部門大賞受賞。2014年AERA「日本を突破する100人」に選出。2018年より2年連続で「Forbes Asia's 200 Best Under A Billion」に選出。
単著として『起業家の思考法 「別解力」で圧倒的成果を生む問題発見・解決・実践の技法』が初の著書。
前田:大事なのは、その自分らしさをどんどん積み上げていくこと。気づけば、自分らしさは100個に広がり、その中のひとつにホチキスがある、くらいに薄まる。それら、小さな自分らしさの組み合わせによって、大きな強み、Canが生まれるんじゃないでしょうか。
小さな自分らしさによって群衆から一歩抜け出していくと、だんだんと「すごいじゃん」という評価が生まれ、やがてもっと大きな挑戦へとつながっていきます。
さっきからずっとホチキスの話をしていて恐縮ですが、僕は資料をホチキス留めをしてみんなに配る係だったので、先輩方ともとにかくよく話していたんですね。資料を渡すときに、優しい先輩たちが、「お、ありがとう!最近どう?」などと会話してくださり、どんどん仲良くなって。ホチキスが、分厚い紙の束だけでなく、先輩との絆もつないでくれたんです(笑)そこから本業につながる情報も教えてもらったりして、それを自分のお客様に話す。そうすると、「若手にしてはいろいろ知っているね」とお客様から評価されるようになる。自分らしさがホチキスから次のステップに進んでいきました。
平尾:いい話だなぁ。
前田:自分らしさを考えすぎると、どんどん自己肯定感が下がってしまうので、「あなたのそのままで十分自分らしい」と言いたいですね。
平尾:ありのままでいいですよね。自分らしさがゴールになってしまうと、探しはじめて変な感じになる。
前田:未来志向で自分らしさを築いていく楽しさもありますけど、今、この瞬間でも自分らしさはあると思っていますし、自分をあまり卑下しないでほしいですね。