「属人性の世界」から
「再現性のある世界」へ

――麻野さんは「物事を再現性のある形にする」「ナレッジ化する」ことの大切さを『NEW SALES』でも語っていますが、日本の組織はそういった部分が苦手なんでしょうか。

麻野:苦手というより、後回しにしてきたと思います。アメリカに比べると、日本の労働市場の流動性って低いじゃないですか。アメリカのように流動性が高い社会だと、みんなすぐに転職するので、知識やスキルが属人的だと困るんです。優れた営業担当がいても、すぐに組織からいなくなっちゃうんで。

だからこそ、情報はもちろん、さまざまなナレッジを会社として蓄積することをしっかりやってきたわけです。でも、日本は労働流動性が低かったので、そこまで問題にならなかった。何かわからないことがあっても「○○さんに聞けばいいや」くらいに思っていて、きちんとナレッジとして共有できる状態になっていないんです。

とはいえ、近年は日本でも労働の流動性は高まっていますし、そもそもナレッジの共有がされていないと、ものすごく生産性の低い状況になってしまいます。すでに企業内にある営業ナレッジでも「60%以上が有効活用されていない」という調査結果もあるくらいです。

『NEW SALES』は前半は営業担当個人の話なんですけど、後半は営業組織、企業全体の話になっていきます。営業の変革のコアとなるのが、シェアであり、ナレッジの共有化です。「属人性の世界」から「再現性のある世界」に変わっていかなければ、企業の営業生産性はいつまで経っても上がらないと思います。

――営業に関するナレッジを共有化するために、まず何から手を付ければいいですか。

麻野:「資料に落とす」ことからでしょうね。それぞれの営業組織によって、扱う商品も違いますし、向き合う顧客も違うのですが、私が調査しきてわかったのは、営業で必要なナレッジの種類はある程度共通しているということ。

それを『NEW SALES』では「7つのC」でまとめています。「売れる営業担当と売れない営業担当」とか「受注した営業案件と失注した営業案件」の差について徹底的にインタビューして分析したら、「7つのC」のどれかで必ず説明できることに気がついたんです。

会社理解(Company)
商品理解(Commodities)
顧客理解(Customer)
競合理解(Competitor)
ヒアリング(Customer Interview)
顧客提案(Customer Proposal)
クロージング(Contract)

例えばある案件では「競合との違い」をうまく説明できたから受注できたけど、別の案件ではその部分が伝えられずに失注してしまったとか、そういうことがはっきりわかってくるんです。

そのときに「7つC」のナレッジがきちんと共有されていれば、どんな営業組織でも必ず成果が出るんです。個人の営業生産性を上げることももちろん大事ですが、その先で、ぜひ営業組織全体の生産性も上げて欲しいですね。

――「ナレッジの共有化」は営業に限らず、あらゆる領域で進めることで日本の企業の生産性は上がっていきますか。

麻野:そうだと思います。前職でモチベーションクラウドの事業をやっていたときに、組織を診断するための100項目くらいの質問項目があって、いろんな企業の調査をしたんです。そのなかには「ナレッジの共有化」も項目があったんですが、ほとんどの会社がこの部分のスコアが低いんです。わずか2社くらいしか、ここができている会社はありませんでした。

そういう意味では、営業部門だけでなく「ナレッジの共有化」は日本の組織全体の大きな課題だと思っています。

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■著者紹介
麻野耕司(あさの・こうじ)
株式会社ナレッジワークCEO

1979年兵庫県生まれ。2003年慶應義塾大学法学卒業。同年、株式会社リンクアンドモチベーション入社。2010年、中小ベンチャー企業向け組織人事コンサルティングの執行役員に最年少(当時)で着任。気鋭のコンサルタントとして、成長企業の組織変革を手掛ける。2016年、国内初の組織改善クラウド「モチベーションクラウド」を立ち上げ、多数の大手企業に導入。国内HRTechの牽引役となる。2018年同社取締役に就任。2020年、「できる喜びが巡る日々を届ける」をミッションに、株式会社ナレッジワークを創業。2022年、「みんなが売れる営業になる」を実現するセールスイネーブルメントクラウド「ナレッジワーク」をリリース。営業ナレッジの展開や営業ラーニングの提供を通じた営業生産性の向上や営業力強化を支援する。主な著書は『THE TEAM』(幻冬舎)、『すべての組織は変えられる』(PHP研究所)。
「ナレッジの共有化」ができれば、どんな営業組織も生産性が倍増する