Visional(ビジョナル)グループのビズリーチで社長を務めていた多田洋祐氏が7月2日、急性心不全のため亡くなった。自ら起業した会社を経て2012年にビズリーチ入社。2013年にビズリーチの事業部長に就き、同社の急成長を支えた。2020年2月、グループ経営体制の移行にあたり、中核会社となったビズリーチの2代目社長に就任した。多田氏の在籍した10年間でビズリーチの売上高は7億円から436億円規模に拡大した。創業者である南壮一郎氏も全幅を寄せていた若き経営者だった。
本記事では、昨年出版した『突き抜けるまで問い続けろ 巨大スタートアップ「ビジョナル」挫折と奮闘、成長の軌跡』の取材を通じて、多田氏が語った経営語録を紹介する。改めて多田氏の卓抜したリーダーシップが垣間見えるとともに、熱い人柄が伝わってくる。謹んで、ご冥福をお祈りします。

【追悼・ビズリーチ多田洋祐氏】急成長の立役者が語った「勝ちグセのある組織づくり」ビズリーチの急成長を支えた立役者である多田洋祐氏

①個に頼らない組織を作る

「スーパースターを集めて売り上げを伸ばすのではなく、個々の才能に頼らない組織をつくった上で、スーパースターが活躍すればいい」

 多田氏がビズリーチの営業部門を統括し始めた頃の体制は人材業界の経験者が多数を占め、それぞれの個人的な能力に売り上げを依存していた。このままでは、中長期的に考えて、顧客の裾野が広がらないと考えた多田氏は、未経験者でも成果を出せる組織をつくる必要があると強く感じていた。

「いいプロダクトがあれば、未経験者でも売れる」

 個の力に依存しない組織をつくるために必要な条件は二つ。一つは、営業に関する行動を要素分解して定量化し、成果を生み出す仕組みをつくること。もう一つは、メンバーの意識を高める組織文化づくりだ。

 前者の仕組み化で参考にしたのは、海外の企業向けサービスに強いインターネット企業が導入している営業手法だった。米マイクロソフトや米セールスフォース・ドットコム、米オラクルなど、企業向けサービスの強い会社は、データに基づいて営業を科学的に分析している。

 組織づくりの第一歩は、営業を科学することにある。共通のルールに基づいて動く組織をつくるために、多田氏は営業の仕事を要素分解し、分担を細かく分けた。例えば、顧客の分析。それまでも営業組織の中でゆるやかな分担はあったが、顧客ターゲットを業種や会社規模、地域で分け、担当者の分担を明確にした。顧客情報管理のセールスフォースを導入してデータを分析してみると、契約顧客の所在地は東京23区の中でも著しく偏りがあった。渋谷、品川、港などの7つの区で集中的に契約が発生していた。「まずはここを攻めよう」と決め、営業チームを割り当てた。

 同時に、やらないことも決めた。自分が担当する地域以外は、基本的に電話で対応すること。よほどの用件でない限り、担当地域外の対面営業には出かけない。分けるとは、やらないことを決めることでもある。

「何をやらないかを決めないと、欲が出る。効率を上げるには、やることと同じようにやらないことを決めることも重要だ」

②人を動かせるかは目標設定次第

「人は、すべきことが具体的に決まるとアクションが取れる。細かな目標があってもそれを達成できないのなら、理由は3つしかない。やる気がないか、時間がないか、やり方が分からないかだ」

 意欲の高い人の集まるスタートアップの場合、やる気がないというケースはほとんどない。時間がない場合は、時間の使い方を変えるように一緒に考える。時間の使い方が変われば、成果は出てくる。やり方が分からないのは、何をいつまでにやればいいのか具体化されていないからだ。

 営業部員を動かすため、多田氏は仕事を細かく分解して具体的に示し、後はやるかやらないかというレベルまで落とし込んだ。それまで感覚的に管理していた目標を仕組みに昇華し、属人的な要素を排除する。様々なパラメーターを見ながら組織を動かすマネジメントに移行していった。多田氏は「計器飛行」という言葉を頻繁に使って、目指すべき理想の営業組織を表現していた。

③「絶対達成」の文化を構築

「目標達成が当たり前の組織と、未達成でも仕方がないと考える組織では、天と地ほどに業績が違う」

「達成していないことが格好悪い」というカルチャーをいかに早くつくるかが大切だと多田氏は繰り返した。どのようにそのような組織文化をつくるのか。そのカギは「チームリーダーが目標達成に執着すること」だと語った。

 例えば営業チームの一日の目標が、一人3件の新規商談獲得だったとする。すると、リーダーである多田はまず、朝礼で契約を取るために、今日中に何本の電話をかけなければならないのかを確認し、メンバーに1時間ごとに進捗を確認し、フォローする。

「今日、いきそう?」「何件いった?」「OK、頑張ろう」

 細かく進捗状況を確認し、時には一緒に達成に向けた方法を考える。時間ごとに進捗状況の確認とフォローをもらうと、さすがにメンバーも「この人は本気だ」と感じるようになると言う。これを何日も続けると、「日次目標を達成しなければいけない」という雰囲気が醸成されていく。

 当初は驚き、戸惑っていたメンバーも、毎日リーダーに声をかけられていくと、目標を何がなんでも達成しようという組織に変わっていく。だから、組織改革のポイントは、リーダーの意識をいかに変えるかにある。

④神は言葉に宿る

「神は細部に宿る。使う言葉は本当に大切だ」

 多田氏が一際こだわったのが、顧客の呼び方だった。社内の会話でも決して呼び捨てにせず、常に「○○様」「○○さん」など、必ず敬称を付けて呼ぶように改めた。呼び捨ては全面禁止。会話だけでなく、パソコン上で顧客名を表記する場合も、すべて『様』を付ける。営業会議や平場の会話も同じだ。呼び捨てにした場合は、多田氏が逐一、訂正していった。

 言葉へのこだわりは、多田氏の失敗体験によるところが大きい。以前、多田氏が働いていた会社では、顧客志向を見失っていた時期があった。顧客のことが頭に入っていなかった。するとある日、働いていた女性の営業アシスタントが辞めると言い出した。「お客様を大事にしない人とは仕事ができないし、そんな風土にはついていけません」。そう言い残した。そのとき、多田氏は我に返ったと言う。

「素晴らしい会社は、顧客の企業名を呼ぶときにも『様』や『さん』を付けている。小さなことかもしれないが、それを疎かにしていない。そんな反省もあって、ビズリーチでは理想の組織をつくりたかった」

 言葉が文化をつくる。多田氏は社内で顧客を尊重する姿勢を愚直に説いて回り、営業部員の意識と姿勢を変えていった。

⑤営業とは問いを立てること

「人間にしかできない営業とは何か。それは『問い』を突き詰めていく作業だ」

 デジタルがいかに進化しても、営業の原則は変わらない。サービスが変わっても、営業に求められる「売る力」は本質的には同じだ。

 では売る力とは何か。つまるところは、自分の中で仮説をつくって、問いを立てられるかということになる。いいプロダクトを売り続けることができれば、顧客の期待値もどんどん上がっていく。

「僕らはその期待に応え続けるしかない。そのためには自分の中で、どうやったらより良くなるかを常に自問自答し、成長し続けるしかないんです」

 顧客に気づきを与えることは、ソリューション営業という言葉で何年も前から言われてきた。本当の価値を提供するためには、常に顧客に寄り添っている必要がある。営業と顧客の関係を超えた仲間のような感覚を持つことができるか。そう考えると、営業ほどクリエイティブな仕事はないと、多田氏は言う。

「機械に営業ができるというなら、人間はいらないじゃないですか」

 営業にとって大切なのは、顧客の本質的な課題解決であり、笑顔でその対価をいただくことができるかどうか。価値があることを正しく伝え、それを売り上げとしていただくこと。多田氏にとって売り上げは、顧客の感謝と期待の総和であり、企業人としての通信簿だと言う。社会から必要とされているかは、顧客から売り上げを得られるかどうか。

「それができないということは、世の中に価値を提供していないということです」
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