自分の健康未来は自分でデザインする
柳澤:新しいですね。まだまだ日本の医学界は閉鎖的で、医療とヘルスケアの線引きが曖昧になっています。
つまり、どこまでが病気でどこまでが予防なのか、明確ではない。
そしてさらにその上流となると、それはもう医学の領域ではないとする雰囲気があるかもしれません。
だから、その間をつなぐ人が必要だと感じ始めたんです。
そんな中、大学で研究を始め、「社会疫学(ソーシャル・エピデミオロジー)」という世界があることを知りました。
私の所属していた博士課程の教室では、医療経済学や健康政策といった政策提言をする環境だったので、そこで研究データをどんどん外に出し、啓蒙活動をしていく大切さにも気づいたんです。
よって博士課程を修了後も、東大の特任研究員や国立国際医療研究センターの客員研究員として学術論文を書いたり、自らもメディカル(医療)とヘルス(健康)をコーチングしていくラボを立ち上げたりして、「自分の健康未来は自分でデザインする」ということを知っていただけるように、啓蒙活動を続けています。
教育・健康の格差と、人とのつながり
星:最近日本でも教育の格差が少しずつ話題になっていますが、教育の格差と健康の格差の関連性は現状どんなものなのでしょう?
柳澤:日本でも最近は、教育格差と健康格差の話が流行っていますよね。
数十年前まで日本は、ほぼみんなが中の上くらいの水準だったのに、ここ数十年で、ゆっくり格差が開いてきたというよりものすごく急激に格差が広がってきていると感じます。
中長期的な研究結果も、もう少し経てば日本からもどっと出てくると思います。
社会疫学の視点から見ても、とにかく教育格差が開いていけばいくほど、健康アウトカム(医療の質を評価する際に重視される効果指標)は悪くなるといわれています。
しかも、格差として見た場合には下位層が悪い状態になると、それに引っ張られて上の層の人まで一緒に悪くなってしまう。
ですから、上位層の人も他人事ではなく、密接に関係している話なんです。
これは、社会疫学では結構重要な話で、「とばっちり効果」といわれます。
だから教育や所得で上位層に位置する人たちも、自分には関係ないとはいかないので『富を再分配する』という考え方が出てくるわけです。
また、日本は長らく世界の最長寿国のトップを走ってきましたが、少しずつ後退していて、数年以内にヨーロッパ諸国に抜かれてしまいそうな現状です。
そんな日本の長寿に大きく寄与する因子の一つが、先ほどお話にも挙げたイチローカワチ先生のメインテーマである「ソーシャルキャピタル(社会的資本)」であるといわれています。
ソーシャル・キャピタルとは、社会や地域における人と人との結びつきや信頼関係を表す概念。日本では「みんな一緒で」「みんなでつながって」「人のお世話を焼いて」といった文化が日本の長寿に起因していると考えられていました。
けれど、格差が開けば開くほど、日本の良さともいえるソーシャルキャピタルがどんどん失われ、結果的に健康アウトカムも一気に悪化していくことが危惧されています。
星:なるほど。確かに地域・コミュニティ内で助け合うといった共助が、健康の基礎的な部分を支えている意味合いが大いにあると思います。
人とのつながりの有無が、精神的なリスクや健康のリスク、さらには収入にも影響を与えているという事例もありますよね。
たとえば、友人がいない人は、1日タバコを2、3箱吸うのと同じくらいの健康リスクを抱えているともいわれています。
柳澤:星先生の『スタンフォード式生き抜く力』でも、オンライン教育における「人とのつながりの重要性」について言及されていますよね。
星:はい。いかに「人とつながっている」と思えるか、が非常に大事ですね。
「人とのつながり感」は、人間の心の3大欲求の1つでもあります。
多くの人が、実際に対面で会えばつながれるけど、オンラインになるとうまくつながれないと思ってしまうんですよね。
人とつながっている感覚が持てるコミュニティを、いかにオンラインでつくっていくかというテーマは、私が校長を務めるスタンフォード大学オンラインハイスクールでは特に意識して取り組んできました。
オンラインに慣れていない場合は、人とつながる感覚をオンラインでも感じられるようにトレーニングすることも、今後は必要になってくると思います。
ぜひその大切さを『スタンフォード式生き抜く力』で実感いただけたらと思います。
(次回につづく)
【参考先】
*1 National center for health statistics(1998), health, United States, 1998 with socioeconomic states and health chart book.