追い込まれたからこそ考えた『ファイナンス思考』

朝倉:そもそも自分で事業を営む立場の人からすると、毎月給料日になると勝手にお金が給与振り込み口座に入るって、すごいことですよね。

平尾:起業家の視点で見ると、たしかにそう感じます。

朝倉:何をしようとしていまいと、毎月お金がもらえるなんてすごいなと、強い衝撃を受けたのを覚えています。でも、それが当たり前と思ってそうした環境に慣れきってはいけないと考え、なるべくひとりひとりがアントレプレナーになるような組織づくりをしなければならないという思いは強くありました。だから、そういう施策をとったつもりでいるんですけど、それは私の出自が起業家だったということもありますね。

一方で、そのためのやり方として「優れたやり方」を見てみると、例えばアメーバ経営について勉強したり、あるいは単一事業としてやっていくのが難しいときに、複数のポートフォリオをつくり、既存事業から離脱していかなければならない。だとすると、どのようなベストプラクティスがあるのか考えると、例えばかつてのGEのような企業がアメリカにある。そのように、「優れたやり方」を自分なりに探していきました。放っておいたら勝てない状態だったので、追い込まれたからこそいろいろ考えたんですね。

平尾:じゃあ、30歳以前の時には、ファイナンス思考の原型みたいなものはまだなかったのですか。

朝倉:ないですね。

平尾:上場企業の社長を経験し、苦労もあって、そこからいろいろ研究をして生まれたのですね。でも、会計士でもないし、ファイナンス系の投資銀行出身でもない朝倉さんがここに注目されたのは、PL脳経営者の私からすると衝撃的で、非常に勉強になります。

朝倉:でも、PLをちゃんと理解してその数値をちゃんと引き上げようという発想をそもそも持っていることも大事なんですけどね。それすらないと話にならないので。

平尾:そうですよね。PL脳が悪いという話ではなく、財務三表とちゃんと付き合いましょうというメッセージが伝わってきました。

大手製造メーカーが計上する売上高研究開発費比率と同じように、じげんのようなマーケティング企業でも関連費用を研究開発費として計上できるかについて、先生方と議論していたものの、結局はできませんでした。そういう話は、ファイナンスに対する意識を上げていかなければできません。やはり、ファイナンス思考を自分たちの仕事とつなげて考えて、そこにその会社らしさが出る。そのケースとしてデュポンやGEを書いていますが、このあたりはもっと日本の経営者が意識して設計したほうがいいと、本を読んで思いました。

「地動説」から考える「スタートアップの存在意義」とは平尾 丈(ひらお・じょう)
株式会社じげん代表取締役社長執行役員 CEO
1982年生まれ。2005年慶應義塾大学環境情報学部卒業。東京都中小企業振興公社主催、学生起業家選手権で優秀賞受賞。大学在学中に2社を創業し、1社を経営したまま、2005年リクルート入社。新人として参加した新規事業コンテストNew RINGで複数入賞。インターネットマーケティング局にて、New Value Creationを受賞。
2006年じげんの前身となる企業を設立し、23歳で取締役となる。25歳で代表取締役社長に就任、27歳でMBOを経て独立。2013年30歳で東証マザーズ上場、2018年には35歳で東証一部へ市場変更。創業以来、12期連続で増収増益を達成。2021年3月期の連結売上高は125億円、従業員数は700名を超える。
2011年孫正義後継者選定プログラム:ソフトバンクアカデミア外部1期生に抜擢。2011年より9年連続で「日本テクノロジーFast50」にランキング(国内最多)。2012年より8年連続で日本における「働きがいのある会社」(Great Place to Work Institute Japan)にランキング。2013年「EY Entrepreneur Of the Year 2013 Japan」チャレンジングスピリット部門大賞受賞。2014年AERA「日本を突破する100人」に選出。2018年より2年連続で「Forbes Asia's 200 Best Under A Billion」に選出。
単著として『起業家の思考法 「別解力」で圧倒的成果を生む問題発見・解決・実践の技法』が初の著書。