地球誕生から何十億年もの間、この星はあまりにも過酷だった。激しく波立つ海、火山の噴火、大気の絶えまない変化。生命はあらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返した。ホモ・サピエンスの拡散に至るまで生命はしぶとく生き続けてきた。「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』は、その奇跡の物語を描き出す。生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)から「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」など、世界の第一人者から推薦されている。本書の発刊を記念して、『すばらしい人体』の著者であり外科医の山本健人氏に本書の読みどころを書評していただいた。

【ベストセラー外科医おすすめの本】学生の頃からの“知的な渇き”を満たしてくれた「痛快な教養書」Photo: Adobe Stock

「ヒト」という種への好奇心

 高校時代、私が最も好きな教科は「生物」であった。

 最終的に私が医学部を目指すことに決めたのも、あらゆる生物の中で「ヒト」が最も興味深い研究対象だと思ったからである。

 理系学部を目指す大半の同級生が、試験科目に物理と化学を選択する中、私は生物と化学を選択した少数派であった。

 大学入試の生物で出題される長々とした記述問題では、国語的な力も要求されるため点数が取りにくい。だが私は嬉々として、おそらく生物学の専門家であろう問題作成者の意図を読み解き、解答することを楽しんだ。

 そんな私も、実は高校生物にどこか物足りなさを感じていた。

 その理由は二つある。

 一つは、単元ごとにテーマがぶつ切りになり、連続性を感じづらかったこと。もう一つは、他の生物との比較という文脈で「ヒト」という種を深く学べなかったことだ。

 長々と前置きを書いたのだが、『超圧縮 地球生物全史』は、まさに私の高校時代以来の「渇き」を癒してくれる本だった。

最新の研究結果を紹介

「全史」という言葉からも分かるように、本書は地球誕生から、人類の絶滅まで(!)を貫く一本の時間軸を中心に、この地球上に生まれ、消えていった生物たちの立ち居振る舞いを肉付けしていく。

 想像を絶するほど長い時間に起きた生物の変化を、最新の研究結果を紹介しながら、悠々と語ってくれる。

 タイトルの通り、本書では数十億年の悠久の時間が「超圧縮」されているのだが、しかし物足りなさは全くない。

 それは、本書が「生物史を追う」だけにとどまらず、「細胞の構造と働き」「代謝とエネルギー」「遺伝子」「生態系」「進化と系統」などの生物学の各テーマをしっかりと掘り下げているからだ。

「夢中で読み終える」
「エキサイティングな読書体験を味わえる」

 そういうタイプの本であるのは間違いないが、その一方で、よくある「ジェットコースターのように」という形容は似合わない。

ホモサピエンスという「生物」を知る

 なぜなら、途中で何度も立ち止まり、魅力的な生物のイラストを眺めながら、それぞれの生物たちが存在する意味を逐一考えてしまうからである。

 そして本書の圧巻は、やはり後半、私たち「ホモサピエンス」という種について語る部分である。

 私たちは間違いなく、他の種との比較によってのみ、自己を生物として深く知ることができる。詳しくは本書を参照してほしいが、例えば本書を読めば、これだけ立派な、卓越した(ように見える)構造と機能を持つ人類たちが、実は「耳が悪く、目も悪い」哺乳類に過ぎないことを思い知る。

 二足歩行で自由に動き回れる人類たちが、その利便性を手に入れるために手放した数々の機能に思いを馳せ、半ば落胆する。

 これほど多様に見える私たちが、実は「遺伝学的には危険なほどに同質」であることに気づき、怖気づく。

 長い地球の歴史から見れば、文字通り「近い」将来、残念ながらホモサピエンスが絶滅する、その必然性を理解できてしまう。

痛快な1冊

 長い時間の中で、遠い宇宙から私たち自身を眺めたとき、そのあまりの脆弱さに思わず声を失ってしまうのだ。

 だがこの感情は意外にも心地よい。「痛快」と言ってもよいだろう。

 生物学という学問の枠組みの中で自分自身を知ることは、これほどに楽しいものなのだ。

 ちなみに、本書の原題は、“A(Very)Short History of Life on Earth”。直訳すると、「地球上の生物の(とても)短い歴史」となり、原文の持つ深遠で気高い響きは一切失われてしまう。

 ところが、邦訳は「超圧縮 地球生物全史」である。

 一体どう頭を捻ったら、こんなにも美しいワーディングが出てくるのだろうか。衝撃的である。

 長い歴史を「短く」したのは間違いないが、決して「つまみ食い」ではない。文字通り「圧縮」である。

「圧縮」された歴史は、読者の脳内でいかようにも「解凍」できるのである。

評者略歴
山本健人(やまもと・たけひと)
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は開設3年で1000万ページビューを超える。Yahoo!ニュース個人、時事メディカルなどのウェブメディアで定期連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー10万人超。著書に16万部突破のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』『がんと癌は違います~知っているようで知らない医学の言葉55』(以上、幻冬舎)、『医者と病院をうまく使い倒す34の心得』(KADOKAWA)、『もったいない患者対応』(じほう)ほか多数。