頭のいい人は、「遅く考える」。遅く考える人は、自身の思考そのものに注意を払い、丁寧に思考を進めている。間違える可能性を減らし、より良いアイデアを生む想像力や、創造性を発揮できるのだ。この、意識的にゆっくり考えることを「遅考」(ちこう)と呼び、それを使いこなす方法を紹介する『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』が発刊された。
この本では、52の問題と対話形式で思考力を鍛えなおし、じっくり深く考えるための「考える型」が身につけられる。「深くじっくり考えられない」「いつまでも、同じことばかり考え続けてしまう」という悩みを解決するために生まれた本書。この連載では、その内容の一部や、著者の植原亮氏の書き下ろし記事を紹介します。

遅考術Photo: Adobe Stock

「本物」「本当」が出てきたら要注意

 詭弁とは、本当は誤っているにもかかわらず、自分の意見を承認させたり、相手を論破したりすることを目的として、あたかも正しいかのように見せかけた議論のことである。

 その典型的なパターンは、議論の中で自分に都合がよくなるような言葉づかいをする、というものだ。

 政治家の発言や国会での官僚答弁には、そうした詭弁の実例がしばしば見られる。

 故意の場合だけでなく、自分自身では気づかずにその種の誤りに陥ってしまっているケースも詭弁と言われる。実際、日常生活の場面でも、本人には悪気はないのかもしれないけれども、図らずも詭弁を弄して相手を困らせてしまうという状況が生じうる

 今回は、言葉づかいにまつわる詭弁のひとつを解説しよう。結論を先取りして述べておけば、「本当」「本物」といった言葉が出てきたときには要注意、というのが今回の教訓だ。

本物のスコットランド人論法

 説明のために、まずは以下の会話をご覧いただこう(文例は『インターネット哲学百科事典』から引いた)。

スミス:スコットランド人はみな忠誠心が高くて勇敢だ。
ジョーンズ:でもあそこにいるマクドゥーガルは、スコットランド人だけど、敵前逃亡して上官に捕まったぜ。
スミス:うん、もしそうだとしたら、それはマクドゥーガルが本物のスコットランド人じゃあなかった、というだけのことさ。(※)

(※)出典:Internet Encyclopedia of Philosophy(https://iep.utm.edu/fallacy/#NoTrueScotsman)

 お気づきのように、この会話でスミスは「『本物』のスコットランド人」という言葉――とりわけ「本物」――を自分の議論に都合がよくなるように使っている。この言葉により、自らの主張に反する証拠にさらされても、それは「本物」ではない、として退けることができてしまう。

 しかし、本物のスコットランド人かどうかの基準は、実のところスミスの「さじ加減」で決まっているのだ。こうした議論の進め方はしばしば見受けられる有名なものであるため、「本物のスコットランド人論法」という名前がついているほどである。

 スミスの議論にジョーンズが説得されてしまったか否かは定かではないが、スミスのやり口そのものはあからさまな部類だろう。けれども、日常的には「本物のスコットランド人論法」に準じるケースにうっかりすると気づかずに出くわしているかもしれない。たとえば次のような発言はどうだろうか。

 ・そんなのは本物の努力とはいえないよ。
 ・それじゃあまだ本当に仕事をしたことにはならない。

 いずれも、言われた側にとってなかなか厳しい発言となりかねない。「本物の努力とは何か」「本当に仕事をするとはどんなことか」という基準は発言者次第のところがあり、言われた側がいくら努力しても、あるいはきちんと仕事をしても、いつまでも認めてもらえないかもしれない。

 こうした発言は、もしかすると教育的な善意からなされているのかもしれないが、意図しない仕方で詭弁のような働きをしている可能性があることには注意したい。ここでも「本物」「本当」という言葉が悪さをしているのだ。

怪しい情報から身を守るために

 最後に、確認用の例を出しておこう。

 これを飲んでもまだ効き目が出ないって? いや、心から効き目を信じる必要があるんだ。そうして飲み続けても効き目が出ないなら、それは真に信じていることにはならない。本当に信じる心が足りていれば、必ず効いてくるはずだよ。

 どこがまずいのかについて解説は不要だろう。今回は、「本物」「本当」といった言葉が出てきたら要注意ということを解説したが、それはある種の怪しい情報にも関わっているのだ。

 自分の身を守るためにも、こうした詭弁の可能性について知っておきたい。

(本稿は、『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための10のレッスン』著者植原亮氏の書き下ろし記事です)

植原 亮(うえはら・りょう)

1978年埼玉県に生まれる。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。現在、関西大学総合情報学部教授。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。
主な著書に『思考力改善ドリル』(勁草書房、2020年)、『自然主義入門』(勁草書房、2017年)、『実在論と知識の自然化』(勁草書房、2013年)、『生命倫理と医療倫理 第3版』(共著、金芳堂、2014年)、『道徳の神経哲学』(共著、新曜社、2012年)、『脳神経科学リテラシー』(共著、勁草書房、2010年)、『脳神経倫理学の展望』(共著、勁草書房、2008年)など。訳書にT・クレイン『心の哲学』(勁草書房、2010年)、P・S・チャーチランド『脳がつくる倫理』(共訳、化学同人、2013年)などがある。