全国3000社が導入し、話題沸騰のマネジメント法「識学(しきがく)」の代表・安藤広大氏。「リーダーの言葉は遅れて効いてくる」「仕事ができる人は数値化のクセがある」などの考え方が、多くのビジネスパーソンに支持されている。近刊の『数値化の鬼』では、「感情を横に置いて、いったん数字で考える」「一瞬だけ心を鬼にして数値化する」など、頭を切り替える思考法を紹介した。
この記事では、最近、経営者の間で話題となっている「人的資本経営」という概念について語る。これからのビジネスパーソンに必須の概念を、ぜひ身につけてほしい。

【ベンチャーにとっては当たり前】日本の大企業だけが知らない「ある1つの概念」Photo: Adobe Stock

人に投資する時代

 ここ最近、経営にたずさわる上で、よく耳にするキーワードがあります。それは、

人的資本経営

 という言葉です。

 私たちのようなベンチャー企業には「当たり前」の言葉すぎて、「何を今さら?」という印象なのですが、日本の多くの大企業が、こぞって「人的資本経営」と言い出しているんですよね。

 ちなみに、人的資本への投資をどのように行なっているかを開示するという「人的資本開示」というキーワードも株式市場において重要になっていきそうです。

 ということで、この記事では、「人的資本経営」とこれまでの「経営」の違いがどのようなものなのか? について、私なりの解釈をまとめたいと思います。

人は「資本」か、「資源」か?

「人的資本」とよく似た言葉として「人的資源」という概念があります。

 この2つの違いがわかりますか?

 人的資本を理解するには、この2つの違いを押さえておくと、わかりやすいと思います。

 先に、「人的資源」について、「人材版伊藤レポート」を抜粋しましょう。

 この表現は、「既に持っているものを使う、今あるものを消費する」ということを含意する。このため、「人的資源」という捉え方を出発点とすれば、マネジメントの方向性も、「いかにその使用・消費を管理するか」という考え方となり、人材に投じる資金も「費用(コスト)」として捉えられることとなる。(「人材版伊藤レポート」より)

 少し難しい文章ですが、簡単に言い換えると、こういうことです。

「人的資源」では、「人という存在が成長したり、衰退したりする“変化”が前提ではなく、今ある資源をどのように活用するか」を前提として経営するということです。つまり、人が変化することを考えていないのです。

 一方で、「人的資本」のほうは、その逆の考えです。

 人を「資本」として考えることにより、「しっかりと投資をして、成長させていくこと」で、「社員の成長と企業成長を連動させていく」という経営することを意味します。

 この定義を見て、私は、「いや、ちょっと待てよ……?」という違和感を抱きました。

変化するのが「当たり前」

「社員の成長と企業成長を連動させていく経営」という考え方は、私たちのようなベンチャー企業にとっては、「当たり前」のことなのです。

 日本の多くの企業、特に大企業はこんな「当たり前」のことをやっていなくて、そして、「それを課題だ」と感じている会社があまりにも多いことに、私は驚いたのです。

 ベンチャー企業では、ビジネスの枠組みやクライアント、パートナーなどを「すべてゼロから」作っていかなければなりません

 そして、集まってくる人材にも、特徴があります。

 すでに必要なスキルを持っている人材ではなく、経営者や会社そのものの「パーパス(企業の目的や存在意義)」に共感して集まってくるのです。

 ベンチャー企業では、人材に必要なスキルは、「日々、変化している」ということが大前提です。

 そんな環境なので、社員一人一人も、つねに変化し続けることが求められます。

「社員の成長」が絶対に必要だと思って経営しなければ、「企業の成長」は不可能だと断定できます。

 会社を起業して、ある程度の大きさになるまでは、「人的資本経営」ができていないと、競争に勝ち残ることはできません。逆にいうと、ベンチャー企業で成長し続けている会社は「人的資本経営ができている」のだと思います。

創業当時は「できていたこと」

 ここで忘れてはいけないことがあります。

 それは、今、大企業と呼ばれている会社も、創業当時をたどれば必ず「ベンチャーの時期があった」ということです。

 つまり、その頃には、「人的資本経営」ができていたはずなのです。

 会社がどんどん大きくなり、世界的にも存在感を発揮するようになり、いつのまにか、「当たり前」であったはずの「人に投資すること」の重要性を忘れてしまったのかもしれません。

 令和に入り、日本は経済での先進国ではなくなりつつあります。

 そんな中での危機意識として、私たちにとっては「当たり前」だと思っている「人的資本」というキーワードが再注目されているのでしょう。

 ということで次回以降は、そんな「人的資本経営」を実現するために、どのような点に注意する必要があるのかを説明していきます。この解釈を間違ったまま運用してしまうと、逆に企業の力を弱めることにもなります。その勘違いをなくすためにも、次回の記事もぜひお読みください。

安藤広大(あんどう・こうだい)
株式会社識学 代表取締役社長
1979年、大阪府生まれ。早稲田大学卒業後、株式会社NTTドコモを経て、ジェイコムホールディングス株式会社(現:ライク株式会社)のジェイコム株式会社で取締役営業副本部長等を歴任。2013年、「識学」という考え方に出合い独立。識学講師として、数々の企業の業績アップに貢献。2015年、識学を1日でも早く社会に広めるために、株式会社識学を設立。人と会社を成長させるマネジメント方法として、口コミで広がる。2019年、創業からわずか3年11ヵ月でマザーズ上場を果たす。2022年7月現在で、約3000社以上の導入実績があり、注目を集めている。主な著書に、20万部を突破した『数値化の鬼』、36万部のベストセラー『リーダーの仮面』(ともにダイヤモンド社)がある。