田坂医師は、川崎医科大学の総合診療部と奈義ファミリークリニック(総合診療の研修施設)に深くかかわった人物だ。広島市で開業してからは、全国2500人の医師が参加するメーリングリスト、「TFC(トータルファミリーケア)_ML」を主宰し、日常診療に役立つ情報を発信し、診療についての質問に答えるという活動をしていた。
「田坂医師の診療を見て、『こんな医者がいるんだ』と雷に打たれたような衝撃を覚えました。彼に質問すると、どんな質問にも的確な答えが返ってきた。彼が49歳で急逝するまで、約10年間、ときには一緒に診療についていき、技術はもちろん、患者さんへの言葉のかけ方まで、あらゆることを学ばせてもらいました」
田坂医師が一番教えたかったことの一つは、「『何でも相談してください』と言える医師になりなさい」ということだったと、中西医師は確信している。
「実はこれが簡単なようで難しい。なぜなら絶えず勉強をしていないと、相談されたときに適切に答えることができないからです。実際、こう言える医師は少ないと思いますよ」
医師は患者の気持ちを、「ひたすら、聞くことが大事」とも学んだ。田坂医師の言葉によると、「Listen! Listen! Listen!」だ。
「病気に対する不安、他の病院に紹介してほしい、薬の副作用が不安など、患者さんは受診をするにあたって、いろいろな思いを抱えています。しかし、医師に遠慮して話をしない人も多いのです。だから積極的にこちらから、質問をしてみる。問診に役立つうえに、患者さんとの信頼関係が深まることがわかりました」
なかでも、「他の病院に紹介してほしい」と言う言葉は、重いと教えられた。患者にとって、最も発言しにくい言葉の一つだからだ。
「田坂医師の口癖は、『万年研修医』でした。医師として仕事をしている間、ずっと学び続けなければいけないという教訓的な言葉です。彼のこの言葉に共感を覚え、今でも学び続けている医師は多いです」