ランダムを味方につけたナスカピ族

 人間がランダム性の認知に弱点を抱えていることは、意思決定に好ましくない影響をもたらしかねない。だが、その一方で、うまくランダム性を味方につけることで、意思決定における偏りを回避できるケースもあることを知っておきたい。

 カナダで移動生活を送っているナスカピ族は、狩に行く方角を占いで決める。(※)

 動物の骨を炭火で焼いて、そのひび割れ模様から向かう方向を決めるのだが、どのようなひび割れ模様が骨に生じるかは、骨や火の状態、気温、焼き方など、無数の要因に影響される。

 したがって、どんな模様になるかはランダムに決まるといってよい。さて、この方法のメリットはどこにあるだろう?

 この方法を使わないと、狩に行く方角として、以前に自分が獲物をしとめた場所や、知人が獲物となる動物を最近見かけたと言っていた場所を、無意識のうちについつい選んでしまいがちだ。

 だが、偏った場所で狩りが行われると、獲物となる動物も、人間が来ることの多いそうした場所には近づかなくなるので、狩が難しくなってしまう。だから、狩の方角を偏りのないようにランダムに決めるというのが、それを避ける1つの手立てとなる。

 けれども、先ほど述べたように、代表性バイアスなどの影響により、人間にはランダム性をきちんと捉えることも難しい。骨のひび割れ模様を使った占いという一種のランダム化装置を用いるのは、方角の決定にかかるそうしたバイアスを防ぐことを可能にしてくれているのだ。

適切な意思決定のために

 もちろん、ナスカピ族がこのように理解して占いを用いているわけではないだろうが、人間の意思決定にはさまざまなバイアスが混入しかねないことを考えれば、この例から学べることは少なくない。

 自分の意思決定は偏っているかもしれない――そんな懸念を抱くこともあるだろう。その場合、ナスカピ族の例を応用して、意思決定にうまくランダム性を取り入れてみることも有効な手立てとなりうる。

「ランダム」は敵に回すとやっかいだが、味方につければ頼もしい仲間にもなってくれるのだ。

※ジョセフ・ヘンリック『文化がヒトを進化させた』(今西康子訳、白揚社、2019年)で紹介されている例。

(本稿は、『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための10のレッスン』著者植原亮氏の書き下ろし記事です)

植原 亮(うえはら・りょう)

1978年埼玉県に生まれる。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。現在、関西大学総合情報学部教授。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。
主な著書に『思考力改善ドリル』(勁草書房、2020年)、『自然主義入門』(勁草書房、2017年)、『実在論と知識の自然化』(勁草書房、2013年)、『生命倫理と医療倫理 第3版』(共著、金芳堂、2014年)、『道徳の神経哲学』(共著、新曜社、2012年)、『脳神経科学リテラシー』(共著、勁草書房、2010年)、『脳神経倫理学の展望』(共著、勁草書房、2008年)など。訳書にT・クレイン『心の哲学』(勁草書房、2010年)、P・S・チャーチランド『脳がつくる倫理』(共訳、化学同人、2013年)などがある。