患者が怪しい代替療法にハマる理由

 ここまで読まれて、「私はちゃんとわかっているし騙されたりしない」と思っている方が多いかもしれません。でも、ひとたび自分が病気になればどうでしょう。平時には冷静な判断ができる人でも、有事に陥ると冷静ではいられなくなることが、実際にはよくあります。

 ある芸能人Aさんの例をお話ししましょう。乳がんにかかった彼女は、総額数千万円をかけて、科学的効果の認められていない補完代替療法をいくつも試しました。

 中には金の延べ棒で体をなすりつけるというような療法もあったそうです。結局Aさんは治療の甲斐なく亡くなってしまいます。そしてその後、非科学的な治療を高額で提供していたとしてそのクリニックは業務停止命令を受けた。こういうことが現実に起きているのです。

 いったいどんな人が補完代替療法を選んでしまうのか。日本緩和医療学会が発行したガイドラインには、高学歴で高所得、若い人に多い傾向がある、と書かれています(5)。

 自分で一生懸命調べ、情報を選んできたから今の自分がある、という成功体験があるのでしょう。医療健康情報についても、専門家に頼る前に自分で調べようとし、その結果、誤った情報に行き着き、その結論に固執してしまうのです。

代替療法の恐ろしさ

 がん治療においては、健康食品やサプリメントを含む補完代替療法が標準治療に勝るというエビデンスはありません。

 がん患者が代替療法のみしか受けなかった場合には、標準治療を受けた場合に比べ、5年生存率は25%ほど落ちたというデータがあります(6)。この傾向はがんの種類にかかわらず同様です。

 標準医療と組み合わせれば、少しは向上するのではと思うかもしれませんが、実際には代替療法を併用した人のほうが生存率は悪かったというデータもあります(7)。

 それは、標準治療が副作用とうまく付き合いながらやっていくのに対し、代替療法ははじめのうちあまりしんどくないからです。患者は楽な方法に頼りたい気持ちがあるので、抗がん剤や放射線治療をキャンセルしがちになり、標準治療を十分に受けなくなってしまう。

 もちろん、代替療法には、治療に前向きになれたり、QOLを向上したりなど、メリットを感じる人がいるのも事実です。一方で、代替療法を受けたい人は、そのリスクもしっかり理解しておく必要があるのです。

日本では効果が確かな治療ほど、安い

 標準治療とは、科学的根拠に裏付けられた効果の期待できる、スタンダードな治療のことです。がんのような疾患人口の多い病気においては、常に最新・最善の治療法に更新されています。そして国民皆保険制度のある日本では、効果のある治療ほど保険でカバーされるので自己負担が安いのです。

 この「効果が確かな治療ほど安い」という事実が十分に知られていないことも、我々のジレンマです。よい家、よい車、おいしい食事など、私たちの生活の多くの部分は、料金を多く払うことでより充実します。

 しかし医療は違います。医療がインフラの一部であると言える日本では、むしろ安い医療のほうが質が担保されているのです。

身近な個人の意見のバイアス

 真っ当な臨床試験や研究によって統計学的に証明されたものであるほど、医療情報の信頼度は高くなります。いくら医者が「僕はこの手のがん患者を1500人は診てきたから、この治療法は間違いない」と言っても、その確信がデータに基づいたものでなければ信頼度は低くなります。

 著名人やインフルエンサーの発信する「この食品で痩せる」「これを飲めばがんになりにくくなる」といった意見や、友人・知人の口コミの信頼性は、さらに低いと言っていいでしょう。

 ところが、「この抗がん剤は、友人の母が使って副作用でとても苦しんだそうなので、自分は使いたくありません」と言う患者さんは実際いらっしゃいます。

 大勢の患者が参加した臨床試験で効果が裏付けられた治療より、たった1人の友達の言葉のほうを信じてしまう。これもまた我々の持つ弱さだと思います。

【外科医けいゆうと学ぶ】医療健康情報から「身を守る」ために山本健人(やまもと・たけひと)
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学) 外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は開設3年で1000万ページビューを超える。Yahoo!ニュース個人、時事メディカルなどのウェブメディアで定期連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー10万人超。著書に17万部突破のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』『がんと癌は違います~知っているようで知らない医学の言葉55』(以上、幻冬舎)、『医者と病院をうまく使い倒す34の心得』(KADOKAWA)、『もったいない患者対応』(じほう)ほか多数。
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