『ぼくらは嘘でつながっている。』という嘘の解体新書があります。著者で元NHKディレクターでもある小説家の浅生鴨氏が、上手に嘘をつく人が脳内でやっているシンプルな作業を伝えます。(構成・撮影/編集部・今野良介)

バレない嘘をつくのが難しい理由

嘘をつくとき、僕たちはかなりの労力を使います。

いま目の前にあるものごとや、あるいは自分自身が体験したできごとをそのまま口にするのとは違って、嘘をつくためには引っ張り出した記憶を頭の中で改変しながら、前後のつじつまを合わせ、しかもバレないように相手の反応を見ながら言葉を発しなければなりません。

比較してみれば、こんな感じです。

①そのまま話す場合
過去の体験
→記憶から呼び出す
→そのまま話す

※実際には記憶をそのまま話すのではなく、相手によって、時と場合によって話す内容の編集が行われるが、記憶を改竄するわけではない。

②嘘をつく場合
過去の体験
→記憶から呼び出す
→そのまま話す部分と話を変える部分を区別する
→頭の中で一部の話を変える
→つじつまが合うか検証する
→つじつまが合うように修正する
→話す
→相手の反応を伺う
→疑われないように補強の話をつくる
→話す

つねに②の通りになるとは限りませんが、相手を騙す意図を持って嘘をつくときには、これくらいの作業が脳の中で行われているはずです。

これはかなり高度な知的作業ですから、頭の中が嘘をつく作業で一杯になっています。ですから、どうしても言葉がつまったり、言い淀んだり、あるいは逆に言葉が単純になったりするのです。

小説のセリフを書くときにはパターンAのように、あからさまに言葉を詰まらせるので、この人物は嘘をついているなと感じやすいのですが、実生活でも言葉に詰まったり、うろたえたりすると、嘘をついていると判断されることが多そうです。

上手に嘘をつく人は、おそらくこの脳内作業が効率的に行われているのでしょう。

最も効率的なのは、最初から改竄された記憶を持っておくことです。

何度も繰り返し同じ嘘をついていると、しだいにその嘘が一つの定型として記憶されますから、あとはそれを引っ張り出してくるだけで済みます。自分で改竄した嘘が、実体験のように定着すれば、すらすらといくらでも嘘がつけるはずです。

「敵を騙すにはまず味方から」と言いますが「相手を騙すにはまず自分から」なのです。

どうしても嘘がバレたくないのなら、改竄しておけ自分の記憶自分を騙せ。

ただしこのやり方は、自分の記憶が本当に改竄されていなければ裏目に出ることがあります。

質問されたらすらすら答えられるようにあらかじめ嘘の答えを用意していた場合、ほかの質問へ答えるときよりも、嘘を答えるときだけ反応が妙に早くなることから、嘘だと見破られるケースがあるのです。

何度も繰り返しているうちに改竄された自分の記憶を真実だと信じて話すのと、その場で意図的に嘘をつくのとでは、やっぱりかなり差があるようです。(了)

浅生 鴨(あそう・かも)
1971年、兵庫県生まれ。作家、広告プランナー。出版社「ネコノス」創業者。早稲田大学第二文学部除籍。中学時代から1日1冊の読書を社会人になるまで続ける。ゲーム、音楽、イベント運営、IT、音響照明、映像制作、デザイン、広告など多業界を渡り歩く。31歳の時、バイクに乗っていた時に大型トラックと接触。三次救急で病院に運ばれ10日間意識不明で生死を彷徨う大事故に遭うが、一命を取りとめる。「あれから先はおまけの人生。死にそうになるのは淋しかったから、生きている間は楽しく過ごしたい」と話す。リハビリを経てNHKに入局。制作局のディレクターとして「週刊こどもニュース」「ハートネットTV」「NHKスペシャル」など、福祉・報道系の番組制作に多数携わる。広報局に異動し、2009年に開設したツイッター「@NHK_PR」が公式アカウントらしからぬ「ユルい」ツイートで人気を呼び、60万人以上のフォロワーを集め「中の人1号」として話題になる。2013年に初の短編小説「エビくん」を「群像」で発表。2014年NHKを退職。現在は執筆活動を中心に自社での出版・同人誌制作、広告やテレビ番組の企画・制作・演出などを手がける。著書に『伴走者』(講談社)、『アグニオン』(新潮社)、『だから僕は、ググらない。』(大和出版)、『どこでもない場所』『すべては一度きり』(以上、左右社)など多数。元ラグビー選手。福島の山を保有。声優としてドラマに参加。満席の日本青年館でライブ経験あり。キューバへ訪れた際にスパイ容疑をかけられ拘束。一時期油田を所有していた。座間から都内まで10時間近く徒歩で移動し打合せに遅刻。筒井康隆と岡崎体育とえび満月がわりと好き。2021年10月から短篇小説を週に2本「note」で発表する狂気の連載を続ける。