世界一難しい!? バチカン裁判所のすごい採用試験

ラテン語こそ世界最高の教養である――。歴史、哲学、宗教のルーツがわかると大きな話題になっている『教養としての「ラテン語の授業」――古代ローマに学ぶリベラルアーツの源流』著者は、超難関試験を突破し、東アジアで初めてロタ・ロマーナ(バチカン裁判所)の弁護士になったハン・ドンイル氏。彼に貴重な特別インタビューを行った。現代社会では使われなくなったラテン語に、なぜ人々は熱中するのか。その知られざる魅力とは?(取材・構成/岡崎暢子)

世界一難しい!? バチカン裁判所の試験とは?

――ハン先生が弁護士として務められていたバチカンのロタ・ロマーナ、日本人にはあまり馴染みがないのですが、どういうところなのでしょうか?

ハン・ドンイルさん(以下、ハン) 私が東アジア人として初めて弁護士となったロタ・ロマーナ(Rota Romana)とはバチカン裁判所(ロタ法廷)のことです。バチカン裁判所と聞くと、(かつて存在した)宗教裁判所と勘違いする人もいるのですが、そうではありません。カトリック教会の司法権の最高機関です。

 ロタ・ロマーナの試験では、A4用紙5~6枚にわたって小さいフォントでびっしり印刷されたラテン語による判決文を、イタリア語、英語、スペイン語、ドイツ語のいずれか自分が最も自信のある言語に翻訳するという問題が出されました。そして翻訳が終わると、その判決文をラテン語で要約する。これが試験です。

――ラテン語の判決文を翻訳し、その翻訳文をラテン語で要約ですか、、、。

ハン どうにか無事に合格したものの、ロタ・ロマーナに入っても研修授業がすべてラテン語で行われるので苦労は続きます。ロタ・ロマーナでの勉強は障壁どころかそびえたつ山脈に挑むようなものでした。それでも私はどうしても学びたかった。

 記憶に新しい、2022年のワールドカップ・サッカー大会。私は日本がベスト4に入ることを切望していました。さらに大きな希望としては韓国と日本がベスト4進出を賭けて戦うことを望んでいました。理由は単純です。ヨーロッパ人の予想を裏切りたかった。アジア人のチームが、そこまで勝ち上がるなんて全くの想定外でしょう? 当時の私もそのように大半の予想を裏切って難関を突破し、アジア人のロタ・ロマーナ弁護士なろうと机にかじりつきました。

 その過程で初めて、「勉強に着いていけない苦しみ」を思い知りました。他でも述べたように、それまでの修士、博士課程は現地の人たちも驚くほどの超高速で修めてきたのです。勉強ができない人の苦しみがあるなど思いつきさえしなかったのですね。

――そこで初めて勉強での挫折を味わったと言えるのでしょうか? その挫折をどうやって克服されたのでしょうか。

ハン 転んでもただで起き上がることはしませんでした。よく世に言う「勉強が大変だ、勉強で挫折する」とはどういうことなのかを考えてみました。

 私は、勉強は頭だけでするものではないと思っています。また、勉強は努力だけでするものでもないと思います。私とは比較にならないほどの努力家などごまんといました。勉強が大変なのは、知識を得る、暗記するために自分を律する要領がわかっていないからです。振り返ってみれば、私が知識を吸収したり暗記していく際に支えとなったのは「勇気」でした。

――なぜ勉強に「勇気」が必要なのでしょうか?

ハン 勉強を続けていれば、いつでも良い結果が得られるわけではないという現実に遭遇します。私など日に何度も挫折する瞬間がありました。その度に私を奮い立たせたのは、「お前はよくやっている、まだやれる、お前の望みを思い出せ」と思わせてくれる勇気でした。私がロタ・ロマーナで何度も挫折しながらも学を修めることができたのは、この勇気があったからに他なりません。

 とはいえ、ただ、がむしゃらに勇気だけ持つと、希望という名の奴隷になってしまいます。勇気を持つ、その勇気とは突き詰めると、自分の内面世界を見ることです。

 例えば、私のもとにはよく学生たちが相談に訪れるのですが、話を聞いてみると彼らの言葉の中にはすでに答えが見えているのですね。だから私は、その答えに対する意見を述べるのではなく、確信を持たせるよう背中を押すことに徹しているわけですが。

 このように、どんな人も、心の底では自分がどうなりたいか、どうしたいのかというのを知っているはずなのです。ただ、それを口にするのが怖い、見つめる勇気が足りないだけで……。勉強して挫折しそうになったら、自分の内面を見つめてください。再び立ち上がる力が湧いてきます。

【大好評連載】
第1回 「お金があっても満たされない人」を救う3つの言葉
第2回 とてつもなく頭のいい人がやっている「最高の読書法」

ハン・ドンイル
韓国人初、東アジア初のロタ・ロマーナ(バチカン裁判所)の弁護士。ロタ・ロマーナが設立されて以来、700年の歴史上、930番目に宣誓した弁護人。

2001年にローマに留学し、法王庁立ラテラノ大学で2003年に教会法学修士号を最優秀で修了、2004年には同大学院で教会法学博士号を最優秀で取得。韓国とローマを行き来しながらイタリア法務法人で働き、その傍ら、西江大学でラテン語の講義を担当した。彼のラテン語講義は、他校の生徒や教授、一般人まで聴講に訪れるようになり、最高の名講義と評価された。その講義をまとめた本書は韓国で35万部以上売れ、ベストセラーとなった。
ラテン語を母語とする言語を使用している国々の歴史、文化、法律などに焦点を当て、「ラテン語の向こう側に見える世界」の面白さを幅広くとり上げている。ロタ・ロマーナの弁護士になるためには、ヨーロッパの歴史と同じくらい長い歴史を持つ教会法を深く理解するだけでなく、ヨーロッパ人でも習得が難しいラテン語はもちろん、その他ヨーロッパ言語もマスターしなければならない。加えて、ラテン語で進められる司法研修院3年課程も修了しなければならない。これらの課程をすべて終えたとしても、ロタ・ロマーナの弁護士試験の合格率は5~6%にすぎない。現在は翻訳や執筆を続けている。
著書に『法で読むヨーロッパ史』『カルペラテン語総合編(語学教材)』『カルペラテン語韓国語辞典』『ローマ法事典』『信じる人間に対して:ラテン語の授業2番目の時間』があり、『東方カトリック教会』『教父たちの聖書注解ローマ書』『教会法律用語辞典』などを韓国語に訳した。

世界一難しい!? バチカン裁判所のすごい採用試験