「一般の人たちに医療情報をやさしく伝えたい」。SNSで情報発信を続ける有志の医師4人(アカウント名、大塚篤司、外科医けいゆう、ほむほむ@アレルギー専門医、病理医ヤンデル)を中心にした「SNS医療のカタチ」。2022年8月「SNS医療のカタチ2022~医療の分断を考える~」というオンラインイベントが開催された。
生まれてから死ぬまで、どんな形であれ「医療」というものに関わらない人は一人としていないだろう。にもかかわらず、わたしたちと「医療」の間には多くの「分断」が存在する。そしてその「分断」は、医療を受ける人にも医療を提供する人にも大きな不利益をもたらすことがある。今ある「分断」をやさしく埋めていくために、また、「分断」の存在そのものにやさしく目を向けるために必要なこととはーー。イベントの模様を連載でお届けする。前回に引き続き、西 智弘氏(緩和ケア医)、たられば氏(編集者)が「死と物語」をテーマに語り合った。(構成:高松夕佳/編集:田畑博文)
死にゆく人の見る世界の輝き
たられば:続いて、漫画『あさきゆめみし』完全版8巻、其の四十からもう1つ西先生が挙げてくださったシーンをご紹介します。自分の命がもう長くないと知り、出家を願う紫の上に対し、光源氏が許さずに法会(法華経の供養会)を開く。
紫の上が、「わたくしはこの世と…… この世に生きることをこんなにも愛している……!」と語る名シーンですね。
西智弘(以下、西):源氏の最愛の妻である紫の上が死に向かっていく中で、この世の美しさを讃えている。小学校のとき読んで、一番印象に残った場面です。今回、たらればさんから「最近の死の物語を挙げてください」と言われて色々探したのですが、これに勝るものがなくて。
子どもの私は、「死」というのは徐々に光が失われていくようなものだとばかり思っていた。とにかく暗いイメージを抱いていたんです。
たられば:だんだん暗い世界に落ちていって、最後ゼロになるというような。
西:ええ。家族さえも悲しみに突き落とす悲劇なのだ、と思っていた。それがこの作品に出会い、死に向かっていく人には、世界が輝いて見えるという心持ちがあるのだと初めて知ったのです。
医者になってからは、そういう患者さんにもたくさん出会うようになって。紫の上が見ていた世界は、現代の人たちも見ている。これはある意味で希望の物語なのではないか、と思ったわけです。
たられば:確かに若い頃には、死が目前に迫ったとき、いきなり世界が輝いて見えるなんて、想像できませんよね。実は原文には、「この世界が輝いて見える」といった描写はありません。ここは紫式部の天才的なところだと思いますが、この場面は情景描写で始まるんです。
木々が咲いていて、人々は賑やかに踊っている。そして最後に「よろづのこと、あはれにおぼえ給ふ」とだけ書かれている。この「あはれ」の深さがすごいし、それを「この世に生きることを愛している」と訳す漫画家の大和和紀先生もすごい。
この場面自体が、紫の上が目指していた境地に達する瞬間なんだと思えますね。
西:原文もすごいですよ、勢いがある。紫式部がいかにこの場面に力を入れていたかがわかります。蘭陵王の舞と音楽奏者たちの描写が、ポンポンポンポンポンすごい勢いで出てきて、最後「あはれなり」で締められる。思わず唸ってしまいます。
たられば:確かに(笑)。