日本人女性でハーバード公衆衛生大学院にて博士号を取得した、公衆衛生学者の林英恵氏。先ごろ、長生きするための健康習慣をまとめた『健康になる技術 大全を発行し、話題を集めています。そんな林氏と旧知の仲であり、ベストセラー『統計学が最強の学問である』著者の西内啓氏の対談が実現。第2回となる今回は、林氏が憂う「不健康ビジネス」の構造や、国を挙げて推し進めている「健康経営」の現状などについて語り合っていただいた。(構成/伊藤理子)

思わず引き寄せられてしまう!「不健康ビジネス」のからくりPhoto: Adobe Stock

否定されると、逆にそればかりに意識が向く

――林さんの本は「食事」の章もかなり充実していますが、西内さんの印象に残っているのはどの部分ですか?

西内 啓(以下、西内):健康をテーマに食事の話をするとき、往々にして「〇〇はするな」という否定形の話ばかりになってしまいがちです。でも、否定ばかりされると、「結局何をすればいいんだ」とわからなくなってしまうんですよね。

 心理学の実験で、シロクマの映像を見せて1つ目のチームには「シロクマについて覚えておいて」、2つ目のチームには「シロクマについて考えても考えなくてもいい」、3つ目のチームには「シロクマのことだけは絶対考えないで」と伝えたところ、「絶対考えないで」と言われたチームが最もシロクマのことを考えてしまった…という実験結果があります(*1)。

 つまり人間には、「何かを考えないように努力すればするほど、かえってそのことが頭から離れなくなる」という傾向があるのではないかと解釈されるのですが、例えば健康本では「ジャンクフードを食べないでください」とか「塩分を摂り過ぎないでください」って言いがちだけれども、これでは今まで塩分のことをさほど考えてなかったのに、否定されると塩分ばかりに意識が向かっちゃう…という傾向は、潜在的にあると思うんです。

一方でこの『健康になる技術 大全』では、ポジティブなワードでシンプルなルールを伝えているのが素晴らしいと思います。例えば、「季節ごとに色とりどりの野菜を食べましょう」というのは、わかりやすくて行動に移しやすく、とても良い表現だなと思って。「食べる物、どうしようかな」と考えたときに、思い出すようにしています。

林 英恵(以下、林):ありがとうございます。おっしゃる通り、否定形にすると、それに執着して囚われてしまうんですよね。肯定形にするか、代替案を示すかが、行動科学のテクニックでもあります。

 食事もそうですが、第3章の「習慣」のところでも、「やめたい習慣がある人は、『~をしない』のではなく、その行動を『~する』に変える」と伝えています。

西内:この本の中で、林さん自身、「ニューヨーク勤務時代、無性にアメリカのハンバーガーショップの、油と塩気がたっぷりのフライドポテトを欲するときがあった」と書いていましたよね。そして、自分の行動パターンを観察し、健康的な行動をとれなくする根本の原因を探ったと。

林:ファストフードって、疲れている時に特に手が伸ばせるような場所にあるんですよね。

西内:ビジネスが上手い。

林:そう。アメリカでは、高速道路のパーキングや空港には大抵ファストフードの店があります。マーケティングとか広告の技術を駆使してアプローチしてくるから、それとの戦いでもあるんだけれど、知識がないと防御もできないから、まずは仕組みを知ってほしいなと思いますね。

 それを知っているから、私はアメリカで出かける時は必ずおにぎりを自分で作って、疲れている時の誘惑に負けないようにしています。仕事が忙しくて生活が不規則になり、睡眠不足だったりすると、コントロールの力が弱ってしまうので、流されてしまうとなかなか負のスパイラルから抜け出せなくなります。

西内:さっきの「~しない」を「~する」に変える、みたいな、悪い習慣を少しでも良くするための具体的なやり方が書かれているので、実用度合いがすごいなと思いますね。そして知識だけでなく、実践するためのコツが一貫して書かれているじゃないですか。軽度な不健康習慣であれば、この本に書かれているコツをいくつかやってみるだけで、かなり改善するはず。そういう意味では、世の中のためになっている本だなと思いますね。

林:ありがとうございます。

西内啓(にしうち・ひろむ)
東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野助教、大学病院医療情報ネットワーク研究センター副センター長、ダナファーバー/ハーバードがん研究センター客員研究員を経て、2014年11月より株式会社データビークルを創業。自身のノウハウを活かしたデータ分析支援ツール「Data Diver」などの開発・販売と、官民のデータ活用プロジェクト支援に従事。著書に『統計学が最強の学問である』『統計学が最強の学問である[実践編]』(ダイヤモンド社)、『1億人のための統計解析』(日経BP社)などがある