同作品は3月23日からの公開に向けてすでにチケットの予約販売も始まっていて、筆者が香港滞在中に訪れた映画館のあちこちでも「近日公開」の文字とともに大規模な宣伝が始まっていた。
映画業界に詳しいIと会ったのは、昨年の香港で興行成績が4000万香港ドル(約6億7000万円)を超える現地製作作品が4本も出たという、過去最高の盛況ぶりについて話を聞こうと思ったからだ(参考記事:“検閲”強化でも「香港映画」が復活したのはなぜ?大ヒット&話題作続々)。その背景に話が及ぶと、彼は眉を寄せて言った。「ただし、この活況もニセモノだ。映画界にとっては良いことばかりじゃないぞ」。
検定に通り、上映できるはずの映画が
「配給会社の決定で」上映中止になった
このコラムでも何度も触れてきたが、香港では2020年に「香港国家安全維持法」(以下、国家安全法)が施行され、映画の世界でも2021年に検定制度がそれに合わせて大きく変更された。簡単に言えば、それまで映画の検定制度とはほぼ、1級(子ども向け)、2級(大人同伴での子ども入場可)、3級(18歳未満入場禁止)のランク分け作業だと思われていたが、変更後は国家安全法の規定に触れた作品に対し「上映不許可」の決定も下されるようになったのである。
Iは、この『血と蜜』について、これが検定で3級の認定を受けたことが「ちょっと意外だ」と言った。というのも、中国やマカオではすでに上映禁止作品に指定されていたからだ。
中国ではもともと「人の心を不安にさせる」作品は独自の検定により排除されることになっているが、『血と蜜』の場合、その理由がモデルとなったキャラクターが「くまのプーさん」であることは誰が見ても明らかだった。というのも以前、習近平が初めて米国を公式訪問した時に、当時のオバマ大統領と並んで歩く姿がプーさんとトラのキャラクター「ティガー」にそっくりだとネットで大きな話題になって以来、中国ではプーさんキャラクターはご法度になってしまい、本来のディズニー作品ですら上映できなくなっているからだ。
Iによると、香港では検定を通った『血と蜜』は3月初頭から何度もプライベート上映会が開かれているらしい。だが、「このまま、すんなり上映できるとは思えないんだよな」と言っていた彼の言葉通りになった。中止決定は配給会社が自ら下したという。映画検定担当局を管轄する香港政府の文化・体育・旅行局長も、メディアに対して「配給会社の決定だ」と政府の関与を否定した。
なぜ商業機関である配給会社は、検定に通って上映されることになっていた作品の公開中止を決めたのか?本稿執筆の時点では配給会社側の声は一切伝わってきていない。Iは吐き捨てるように言った。「結局こうやって、おれたち(映画ファン)はブーたれて泣き寝入りするしかないのさ」。