自分なりの戦略を持っている受験生が強い

──そういった自分で決める力は、どのように鍛えられるのでしょうか?

西岡:都市部で塾などに通っていた場合、受験戦略についてもある程度のパターンを教わっているはずです。

 ところが、僕が「地方の怪物」と呼んでいるような人たちは、こちらが驚くような戦略を立ててきます。

 ある学生は、地理がすごく苦手だったのに、センター試験(現在の大学入学共通テスト)では満点を取りました。

「どうやったの?」と聞いたら、『データブック オブ・ザ・ワールド』を丸暗記したというんです。バナナの輸出量順位とか、そういうものが細かく載っているデータブックすべてをです。

 それを聞いたとき、「こいつがやっているのはボクシングじゃなくて路上の喧嘩だ」と思いました(笑)。ルールがないんです。

富永:山の登り方が全然違うんですね。

 持っている道具もまったく違うし、一般的に正しいと言われている足の運び方もしない。ルートの選定もガイドブックなんか見ないで決めているという感じでしょうか。

西岡:一つ言えることは、どんな特殊なものであっても、ちゃんとその人なりの戦略を持っている人は、東大に入ってからも、自分の目標に向かって前に進んでいきます。

受験が終わって、目標を見失ってしまう学生

西岡:一方で、ただ天才だったという、いわゆる「ナチュラルボーン」は、実はその後うまくいかなくなってしまうことも多いんです。

富永:天才型が東大に入ったら、そのまま花開いていきそうだけど、案外そうでもない。途中で迷いが生じて休学してしまうようなケースも多々ありますね。

 もともと頭のいい人たちが目標を失うのは、非常にもったいない話ですが。

西岡:ナチュラルボーンは「なんとなく受かっちゃった」わけで、そこには自分自身の戦略や決断がないから、何かにつまずいて迷い始めると、どうしていいかわからなくなってしまうんです。

 たとえば、有名進学校からストレートで東大に入った失敗知らずの人間が、社会人になってちょっとつまずいたら、それきり会社に行けなくなったなんていうケースはたくさんあります。

富永:私は受験生の保護者に、「受かることはハッピーだが、途中の過程で苦しさを学ぶことにはもっと大きな意味がある」とよく言っています。

 ところが、親は子どもの失敗を極端に嫌がるのです。

 というのも、今中学受験をする子どもは第2世代で、その親は第1世代。自分たちもサピックスで学んで中学受験し、いい大学に進んで、社会人としても立派に活躍している「うまく生きている」ケースだからなんです。

西岡:そういう保護者にこそ、「東大にうまく入れてしまったからこそ苦しんでいる」人たちの話を聞いて欲しいですね。

 ある人は、ずっと有名進学塾のトップにいて、名門中学から東大法学部に合格しました。

 しかしそこから、大学時代に「どうしても法律の勉強がしたくない」状態になり、うつ病の診断を受けました。

 このとき、人生で初めて大きな挫折を知ったわけです。その後、ロースクールを中退してしまいました。

 その人も含め、東大に入ってから挫折してしまったケースについて僕が思うのは、「一浪しておけばよかったのに」ということです。

 それまで試験に落ちたことなどない人間が一浪したら、それは大きなつまずきです。

 でも、鼻っ柱が折られたところからやり直す過程で、自分の足で立ち上がる力が養われるのではないかと思うんです。