2015年の発売以降、今でも多くの人に読まれ続けている『ありがとうの神様』。本書は、小林正観さんの40年間に及ぶ研究のなかで、いちばん伝えたかったことをまとめた「ベスト・メッセージ集」だ。あらゆる悩みを解決する「ありがとう」の秘訣が1冊にまとめられていて、読者からの大きな反響を呼んでいる。この連載では、本書のエッセンスの一部をお伝えしていく。

ありがとうの神様Photo: Adobe Stock

究極の愛の形は、
「ただ、相手のそばにいてあげる」こと

 自分の存在が「感謝」され「喜ばれる」という幸せを味わってしまうと、至上の喜びを感じることができます。

 では、「自分の存在が感謝される」ためには、何をすればよいのでしょうか。

 坂道を歩いている人の荷物を持ってあげるとか、高齢者に席を譲るのも、いいでしょう。しかし、究極的には、「その人のそばにいてあげること」ではないでしょうか。

「仁」という文字は、「人が二人」と書きます。「人が2人いる」という意味です。

 私は、「仁」こそ、究極の愛の形であると同時に、いちばん簡単な愛の形であると考えています。

「仁」とは、「ただ、その人のそばにいてあげる」こと。

 時間的に、距離的に、地理的にそばにいるのはもちろんのこと、たとえ距離が離れていても、「精神的」にいつもその人のそばにいてあげることです。

 究極の愛とは、おそらく「仁」です。特別なことをしなくてもいい。

 フランスの宗教史家、ルナンが残した「イエス伝」によると、イエスは、4月3日の朝、ピラトの官邸に連れて行かれ、午後3時頃に絶命します。

 ルナンは、イエスの生涯を、次のように記しているそうです。

「イエスはこの世では無力だった。何もできなかった。ただし、苦しむ人を見捨てなかった。孤独な老人のそばにじっと腰掛けていた。女たちが泣いているとき、そのそばにいた。自分を裏切った者に、恨みごとひとつ言わなかった。イエスの生涯は、ただそれだけだった」

 イエス・キリストは、「仁の塊だった」といえるのではないでしょうか?

「あなたが苦しくてつらいときには、電話をしてきてもいいですよ」と口で言うだけでなく、実際にそのようなことがあったら、どんなに忙しくても、どんな時刻であっても、笑顔で対応してあげる。

 それを「仁」というのだと思います。