多くのサラリーマンにとって、飲み屋での話題といえば、会社の愚痴か上司への悪口ではないだろうか。日本企業に勤める多くの社員は、やりきれない不満を溜めながらもそれをやり過ごして歯車として働いてきた。
しかし、ベンチャーとしてスタートした会社には、新しい社風や精神を育んで成長しているところもある。新時代の組織の代表とも言えるのが、日本屈指のマーケターである森岡毅氏が起こした株式会社 刀である。
森岡氏は著書『苦しかったときの話をしようか』で、「自分の強みを見つけて磨くべし」と我が子に説いている。「ガイアの夜明け」(テレビ東京)でも注目される、森岡氏が設立した株式会社「刀」では、その精神は生かされているのだろうか。(取材/ダイヤモンド社・亀井史夫)

<「ガイアの夜明け」でも話題の森岡毅が作る組織>旧態依然とした会社にあって、新時代の会社にないものとは?株式会社イーメディカルジャパン副社長COOで株式会社 刀 エグゼクティブ・ディレクターの塩谷さおりさん

「高血圧イーメディカル」のリーダーはプロジェクト最年少

 株式会社 刀のオフィスには何度も訪れたことがあるが、そこはおおよそ一般的な「会社」とは雰囲気が異なる。固定された個人のデスクというものが存在しない。まるでサロンのように、何人ものスタッフが出入りし、ミーティングを重ね、活気に溢れている。もちろんいわゆる「社長室」もない。しかしもっと驚いたのは、この会社には他の多くの日本企業で重視されている、あるものがないということだ。

 それは、「上下関係」だ。

 プロフェッショナル集団である刀では、あるプロジェクトが立ち上がると、リーダーを中心に何人かのメンバーがアサインされ、動き始める。リーダーとはそのプロジェクトを進めるにあたって最も適した人間であり、年齢や社歴や性別などは一切関係ない。リーダーがそのプロジェクトの中で最年少ということすらある。

 2020年11月に刀に参画した塩谷さおりさんは、すぐに新規事業のプロジェクトリーダーに抜擢された。翌年6月には高血圧に関する事業を立ち上げ、10月には刀の連結子会社として株式会社イーメディカルジャパンを設立。同社副社長COOに就任している。

「もともと実家が医者の家系で、日本の医療の問題点、不合理や非効率をどうにかできないかという気持ちがありました。例えば日本には高血圧の患者さんが多いのですが、自覚症状がないため、何の治療も受けないまま発病してしまう人が多いのです。I Tの仕組みと、刀の持つマーケティングのノウハウを使えば、それが解決できるのではないかと私が立ち上げたのがこのプロジェクトでした」(塩谷さん)

 西武園ゆうえんちやネスタリゾート神戸、丸亀製麺などの再生に携わってきた刀には企業から持ち込まれる案件も多いが、自社の事業として何かを立ち上げようという機運も強くあった。その第1号となったのが、塩谷さんの「高血圧イーメディカル」である。

 中高年になれば日本人の半分くらいは高血圧が指摘されるようになる。高血圧は治療が確立されている病気でもある。薬を毎日飲み続け、定期的に血圧を測る習慣をつくれば、脳卒中や心筋梗塞など重篤な病気になることを避けられる。
 だが薬を飲み続けることの面倒臭ささや、医者に通う忙しさに負けて、4分の3くらいの人が治療を途中で放り出してしまうという。その不便さをITでカバーし、マーケティングの力で行動変容を起こさせようというのが刀の考え方だ。最初は高血圧治療から事業をスタートさせたが、すでに高脂血症の対応まで拡大しており、その他の慢性疾患領域も視野に入れていくつもりだ。そうすればより多くの日本人を健康にできる。

「社内でプロジェクトとして認められるまで、何度も討議を重ねました。最も重視されたのは、『なぜ刀がそれをやるのか』という大義です。ただ儲かればいいという話ではありません。社会にとってそれは必要な事業なのか、刀がやることにどんな意味があるのか、という点を何度も話し合いました。日本の医療の手が届かないところで、人々の行動変容を促すことができるのはマーケティングの力だと信じています。
 そうして多くの人を健康にすることを分かっているのにやらないという選択はないという結論に至りました。ただし似たようなシステムで他社が動き出す可能性もあるので、刀がやるからには、圧倒的な違いが必要です。それが<医者や看護師と患者のつながり>です。全てデジタル化するだけでは、人は続けられない。AIと話をしていても安心感は得られないのです。いかに人のつながりを効果的に作り、患者さんが安心感を得られるかが、システムを構築する上で最も留意した点です」(塩谷さん)

 昨年からテレビCMがスタートし、まずは無料相談から受付を始めた。すると狙い通り、8割が初めて治療を考えて申し込んだ人だったという。それは刀が目指した「病気を放置している人を救いたい」という思いに合致するものだった。今のところ治療の継続率は、1年を過ぎても9割を超えている。自覚症状のない高血圧治療で、この継続率の高さは驚異的な数字なのだという。