家族信託はデメリットも多く
万人に向いた仕組みではない

 そこで法定後見ではなく家族信託の出番となるわけです。一度信託にしてしまえば認知症になってもすぐに売却可能ですので、頭の健康が損なわれる前に家族信託という形で自宅などを子どもに託し、自分が認知症となった後でも子ども(受託者)が自宅を売却して換金し、老人ホームに入れるような手配をすることができます。これがメリットです。

 一方でデメリットもあります。まず、家族信託自体は原則、税金対策にはなりません。

 信託法の改正からまだ日が浅いため、「家族信託をすることで相続財産を親から分離でき相続税対策になる」という間違った認識をした人は少なからずいました。

 そして子どもが複数いる場合、財産管理を任された子どもと任されなかった子どもで、感情的な対立や信託財産の管理を巡って争いが発生することも多いです。また、一度親の希望で信託したものの、「親の気が変わって、やっぱり信託なんて必要ないよね」ということもあります。家族信託をして数カ月で「やっぱりやめた」という事例も実際にあります。

 また、信託設定時にそれなりに費用がかかるというところもデメリットといえます。

 その費用的な裏話としては、家族信託は一般的に司法書士業務とされていますが、不動産の登記や遺言作成の場合、1件当たり数万円の報酬がほとんどです(ただし土地の金額などによって異なります)。

 一方で、家族信託は報酬が10万円以上、場合によっては100万円以上になることもあります。例えば不動産込みで1億円相当の資産を信託した場合、報酬が1%の場合だと報酬だけで100万円です。つまり司法書士にとっては「良い商品」なのです。

 相続に関して不動産業者に相談すると「不動産を売りましょう。不動産を買って対策をしましょう」という話になりがちですし、銀行に相談すると「相続税対策になるので融資しますので、不動産を買いましょう」という話になるのと同様、司法書士に相談すると「家族信託をやりましょう」という話になるわけです。

 また、司法書士報酬以外にも不動産を信託した場合、登記する必要があるので登録免許税がかかります。現状だと、固定資産評価額×(土地は0.3%、建物は0.4%)の税額となります。5000万円の土地であれば15万円です。

 このように家族信託はメリットもある半面、デメリットも多く、万人に向いた仕組みではありません。したがって、親が認知症になったときに、自宅を売却して老人ホームに入るしかお金がないというご家庭は検討の余地がある制度とはいえると思います。

 最後に、会社経営者のような法人オーナーの方であれば、わざわざ信託を選択せずとも同様の効果をもたらすことも可能です。

 例えば、経営する法人に個人財産を移転することで個人財産を手放したり、法人の株主を早いうちに子どもにすることで、実質的にその子どもに不動産を含めたさまざまな資産を、法人を通じて託したりすることも可能です。

 民事信託は今回取り上げたような使い方以外にもさまざまな手法があるのですが、いずれにせよ、家族信託は「自宅のみ保有している一般の方で、かつ自分が認知症になったら売却して老人ホームに入る」というピンポイントのニーズに応える制度といえるかもしれません。