アイデアが思いつかない」「企画が通らない」「頑張っても成果が出ない」と悩む方は多くいます。その解決のヒントになるのは、世の中にある「優れたアイデア」です。『発想の回路 人を動かすアイデアがラクに生まれる仕組み』の著者、クリエイティブディレクター中川諒氏が、「今の時代に、人に評価されるビジネスアイデア」を分析し、そこから学べることを紹介します。

「不必要」を削減した結果生まれた、思わぬ弊害Photo: Adobe Stock

「良いこと」のせいで困る人に「工夫」する

本記事では世界の広告賞受賞作品から、とくに「ビジネスアイデアが際立ったもの」を分析し、「私たちが学ぶべきところ」を解説していきます。

近年クレジットカードにある変化が起こっています。

ぜひみなさんもお財布の中のカードを取り出して、観察してみてください。

その変化とは、カード表面に印字されたカード番号や氏名の凸凹した刻印(エンボス加工)がなくなり、「エンボスレスカード」が増えていることです。

私の財布にも今2枚エンボスレスカードが入っています。

そもそもこのクレジットカードのエンボス加工は何のために行われてきたのでしょうか。

調べてみると、この加工は過去にカードを利用する際に、店舗が手動でカード情報を複写するインプリンターという複写機を使っていたときに必要だったものだそうです。

荷物の配送伝票に使われているような、圧力をかけると2枚目に印字される紙にエンボス部分が押し付けられることでカード情報を転写する仕組みでした。

しかし現代ではカード情報は、ICチップなどカード内部に集約されたことで、このエンボス加工は実は不要になっていたのです。

実際、加工を行わないことでカード情報を裏面にまとめることができるため、ユーザーにとってはセキュリティ面でもメリットはありますし、約0.5mmのお財布の薄型化にも貢献します。もちろんコスト減にもつながるわけです。

このように良いこと尽くしのように思える「エンボスレスカード」ですが、実はこの加工がなくなったことで困っている人たちがいます。

それは、視覚に障害がある人たちです。

視覚に障害がある方は、世界に22億人を超えると言われています。触るだけでわかったエンボス加工がなくなったことで、財布のなかにあるたくさんのカードの中から、どれがクレジットカードなのかが分からなくなってしまったのです。

そしていま手にしたものが本当にクレジットカードなのか、誰かに見せて確かめてもらう必要があります。クレジットカードという最も重要な個人情報のひとつを、他人に見せる必要が出てきます。

そこでクレジットカード会社大手のマスターカードが行った工夫はシンプルなものでした。

カードの側面に、触るとわかる切れ込みを入れました。
クレジットには四角形の、デビットカードには丸みのある、プリペイドカードには三角形と、それぞれ切れ込みのデザインを変えて触るだけで識別できるようにしました。

大手カード会社だからこそ、様々な状況に身を置く人々が不自由なくカードを使える世界をつくることに挑戦したのです。


僕がアイデアを考えるときの思考フレーム「工夫の4K」に当てはめてみると、以下のようになります。ちなみに4Kとは、改善・解決・解消・回避の4つのKです。

まずうまくいっていない問題を抱えている「現状」、そしてその問題を引き起こしている「原因」、さらに「理想」の状態を整理していきます。

通常はそのあと、現状にアプローチする「改善」、原因にアプローチする「解消」、理想にアプローチする「解決」、そして全く違うアプローチを考える「回避」をそれぞれ考えていきますが、今回は実際に行われた改善策なので「改善」だけ埋めていきます。

理想:誰もが自由に買い物ができる世界をつくる

現状:視覚障害者の方がどれがクレジットカードか識別できない
⇒改善:カードの側面に切れ込みを入れて識別できるようにする

原因:クレジットカードのエンボス加工がなくなっている

「不必要」を削減した結果生まれた、思わぬ弊害工夫の「4K思考マップ」 拡大画像表示


「見えてしまっている」私たちにとっては小さな変化ですが、視覚に障害のある方にとっては大きな変化です。

クレジットカードというあの小さなスペースにも、工夫の余地がまだまだ残されているという希望を与えてくれる事例だと思います。

(本記事は『発想の回路 人を動かすアイデアがラクに生まれる仕組み』を参考に、著者が分析した書き下ろしです)