企業による新卒社員の獲得競争が激しくなっている。しかし、本当に大切なのは「採用した人材の育成」だろう。そこで参考になるのが『メンタリング・マネジメント』(福島正伸著)だ。「メンタリング」とは、他者を本気にさせ、どんな困難にも挑戦する勇気を与える手法のことで、本書にはメンタリングによる人材育成の手法が書かれている。メインメッセージは「他人を変えたければ、自分を変えれば良い」自分自身が手本となり、部下や新人を支援することが最も大切なことなのだ。本連載では、本書から抜粋してその要旨をお伝えしていく。

メンタリング・マネジメントPhoto: Adobe Stock

「人」は「人」が育てる

「人材はどうすれば育成できるのか?」

 これは、私の人生にとって最大の課題でした。そのために私は、さまざまなリーダーシップ理論を学び、それらをまず自分の会社で実践してみたのです。

 しかしながら、その結果はいつも私の想像とはまったく違ったものでした。私とスタッフとの間の溝が、どんどん深まっていくだけだったのです。

 みんな私の前では、「仕事をしているふり」をするようになり、それまでよりも生産的な行動をしなくなっていったのです。

 日ごとに、私は無力感と孤独感が増していきました。こうして、経営者が孤独になっていくと、独断と偏見によって判断を誤り、会社を潰すことになってしまいます。

 ある時、私は当時の専務に、次のような相談をしました。

「最近、スタッフのやる気が感じられないばかりか、私とスタッフとの間の溝が深まっているような気がするんだけれども、何か感じることはないかな?」

「やっと気づいたんですか。みんな、社長に操られているみたいだ、と言っていますよ」

 彼は私の同級生ですから、いつでも思っていることを、そのまま話してくれます。

「私がやっていることは、会社のため、そしてそれはみんなのためだよ」

「社長はいつも、みんなのため、と言っていますが、本当はすべて会社の利益のため、つまり社長自身のためじゃないですか」

 私は思わず、こう切り返しました。

「そうかもしれない。……しかしね、会社がなくなったら、困るのはみんなも同じじゃないか!」

「一番困るのは、……社長でしょ」

 それにしても、彼はいつも本当のことをズバリと言ってくれます。

「そもそも、会社の業績が悪くても、きちんと給料を払っているんだから、感謝しながら働くのが当然じゃないのかな?」

「みんなの意識は、そうじゃありませんよ。わずかな給与で働いているばかりか、これだけ社長を立てているんだから、感謝してほしいと思っているんですよ」

 私は、リーダーである前に、一人の人間として「感謝する気持ち」を忘れていたのです。

 それからというもの、私は感謝することを見つけるように努力しました。そうすると、それがいくつもあることがわかったのです。

 ・朝、スタッフが会社に来てくれたら感謝
 ・電話を取ってくれたら感謝
 ・コピーを取ってくれたら感謝
 ・仕事を手伝ってくれたら感謝
 ・そもそも、こんな小さな会社で一緒に働いてくれるだけで感謝

 私は毎日、何度もスタッフに感謝しながら、仕事ができるようになりました。不満がなくなり、すべてがありがたいことばかりに思えるようになったのです。

 そうしているうちに、とうとう一人のスタッフからこんなことを言われました。

「社長、今日もみんなのためにがんばってくださって、ありがとうございます」

 この言葉は、涙とともに、一生涯忘れられない言葉となりました。

 これまで様々な人材育成プログラムが開発され、企業の中でもそれらを使って人材育成が行われてきましたが、その成果はあまり芳しいものではありませんでした。

 その理由は、人材育成の前提条件に問題があったのです。

 その前提条件とは、先生と生徒、あるいは上司と部下という関係において、「先生は人間的に成熟しているが、生徒は人間的に未熟である」、あるいは、「上司は正しいが、部下は間違っている」ということです。

 それを前提に、相手にどのように接することが効果的であるかを、いくつものパターンに分けて分析し、その分析に基づいて、様々な手法が考え出されてきました。

 そして、それらの手法は様々な人材育成の場面で導入されてきたのですが、どうしても思ったように人材を育成することができませんでした。

 人材育成は、テクニックで行おうとすればするほど、難しくなっていきます。そもそも、人材育成はテクニックではできません。

 テクニックは、それがただのテクニックであることを見破られた時に、効果がなくなるばかりか、信頼関係までなくなってしまいます。

「上司は、いつもテクニックで接してくるから、嫌になるよ」

 相手はこちらの本心を知っているのです。

 人が最も影響を受けるのは、テクニックではなく、自分のまわりの他人の生き方です。人は人によってしか、育てることはできません。

 つまり、人が育たないすべての原因は、育てようとするリーダー自身の側にあると考えることが必要なのです。相手のせいにしたところで、何も解決することはありません。

 面白いことに、こちらが相手を育てようとしなくとも、相手はこちらから影響を受けて、それに合ったように育ってしまいます。

 尊敬している人の前では、相手はやる気になりますし、そうではない人の前ではやる気がなくなります。

 相手は自分の鏡です。相手の反応を見れば、自分のレベルがわかります。そもそも、自分を成長させることでしか、相手を成長させることはできないものなのです。

 相手に合わせて接し方を変えるのではなく、相手の反応によって自分自身を反省し、自分の考え方・姿勢を変えることが必要となります。

 なぜなら、相手を分析することは、これまでの自分の姿勢を分析することに他ならないからです。

 つまり、人材の育成のためには、自分が見本になればいいのです。相手に対してどう接するかということは、あまり重要な問題ではありません。

 それよりも、本当に重要な問題は、相手の前で自分がどう生きるかということなのです。

 そして、信頼され、尊敬されてこそ、はじめて相手はこちらの話をすべて真剣に聞いて、自らを成長させていくのです。